第16話 精霊姫の恋文
「精霊姫、火急の用とは何事だ?」
少しして、国王がジョエラに伴われて実験室にやってきた。ジョエラは外に音が漏れないように、ドアを閉める。
「もう、精霊姫ではありません。わたしは、精霊の力を失いました」
ファーファラは冷静に、端的に告げた。
「何だと⁉ だが、昨日は何もされていないと言っていたではないか!」
「はい。そうなのですが、力を失ったのです」
何を言っているのか分からないと言った顔で怒鳴る国王に、ファーファラはあくまで冷静に応じる。
「そんな……術の使い過ぎによる一時的な疲れではないのか? 何もしていないのに力を失うなど、聞いたことのない事例だ!」
「おそらく、違うと思います。そういう感覚ではないのです」
ファーファラは首を振る。再三のファーファラの回答に、国王もようやく事態を飲み込んだようだった。
「くっ……このことがフォルモロンゴに知れれば……! いや、それだけではないな。ロンギフロラムもどう出るか分からん……どうすれば……」
「そのことですが陛下、わたしに一つ、できることがあるかと」
「何だ?」
「ユースカディに嫁ぎます。彼はわたしが彼と結婚して力を失っても、自分がオーラタムの戦力になると言っていました。ロンギフロラムとの関係もより強化されるかと」
ファーファラは真剣そのものの面持ちで国王に進言する。国王は腕組みして目を閉じ、しばらくそれを考えていた。だが、やがて腕をほどき、じっとファーファラを見た。
「お前の力が無くなった今、フォルモロンゴに備えるにはロンギフロラムの戦力が必要、か。あの若造は好かんが、仕方あるまい。力の無くなったお前がオーラタムに出来ることとしては、それしかなかろう」
「はい。問題は彼が受け入れるかどうかですね……。わたしはこの間結婚なんてしないと言ってしまったばかりですし……。急に結婚したいと言って、疑われなければ良いのですが」
ファーファラは心配そうに眉根を寄せた。何かの策略ではと疑われて、断られることは十分に考えられた。力を失ったことに感づかれるかもしれない。そうなれば、結婚の話が無くなった上に、他国にもそれを知られる事態になるかもしれなかった。それは避けるべきだ。
「聞いた話ではあ奴は随分とお前にご執心のようだったから、きっと受け容れよう。お前、さっさとあ奴に恋文を書け」
国王は楽観的だった。現状、それしか手はないのだし、ユースカディに見破られなかったとしても、ずっと隠し通すのは難しいだろう。ならば、ユースカディとの結婚話を進めることに賭ける方が良いのかもしれなかった。そうファーファラも思い直す。
「はい」
ファーファラは頷き、手紙を書くべく塔を上り、自室に戻った。
「ファーファラ様……。申し訳ありません……。我々にもっと力があれば、我々だけでオーラタムを守ることができたら、ファーファラ様があんな男に嫁がれることも無かったでしょうに……」
塔の上の部屋に戻ったところで、ジョエラが深々と頭を下げた。そんな彼女にファーファラは慌てて頭を上げるように促す。
「ジョエラさんが謝ることはありませんよ。力を失ってしまったわたしにもオーラタムのためにできることがあって良かったです」
「本当はファーファラ様がそんなにオーラタムのことを考え、行動しなくたっていいはずなんです。いえ……『精霊姫』に何もかも寄りかかるのがおかしいんです……なのに……」
だが、ジョエラは頭を上げなかった。心底申し訳なさそうに、そして自分の不甲斐なさを呪うようにそう言葉を絞り出した。
「貧乏な平民のわたしにこんな不相応な暮らしをさせてもらったんですから、当然の義務ですよ。それに、結婚するときはジョエラさんも一緒に来てくれるんでしょう? だったら、安心です」
ファーファラはジョエラの肩に手を掛け、頭を下げる彼女の顔を覗き込むと、優しい笑みを浮かべて言った。
「ファーファラ様……。ええ、もちろん私もついて参ります。ロンギフロラムでもしっかりファーファラ様を守らなくては」
「ありがとうジョエラさん。心強いです。さあ、そうなるように手紙を書いてしまわなくては」
ファーファラは窓際の小さな文机に向かい、ペンを握った。
「『あの時は突然の申し出にびっくりして冷たくしてしまったけれど、今になってみるとユースカディ様のことが忘れられません』と。うーん、わざとらしいかな……?」
ファーファラは恋文の文面を一生懸命考え、書いてみるが、どうにも上手く行かなかった。何せ、そんな事は初めてなのだ。今までずっと、恋から意図的に遠ざけられてきたし、それでいいと思っていた。だから彼女にはどうすれば男の気を引けるかなど、皆目見当のつかないことだった。
「大丈夫ですよファーファラ様! こういうのは大げさなくらいで良いんです! それにあの男、自信過剰って感じでしたから、『やっぱりなー』くらいにしか思いませんよ!」
ジョエラが自信たっぷりに請け負った。彼女もこういったことには経験がなかったので、全くあてにはならないのだが。
「そう……ですかね。きっとそうですよね。確かになんていうか、あの人全ての女は自分に惚れて当然ぐらいの勢いですもんね。うん、そうです。大丈夫です!」
最初は疑っていたファーファラも、だんだんこれでいいような気がしてきた。
「そうです! 大体、あの男はファーファラ様のことが好きで好きで仕方ないんですよ? そんなところに、ファーファラ様から愛を囁く文が届けば舞い上がるに決まっています!」
ジョエラがまた力強く肯定する。ファーファラはますます自信を強めた。残りの文もすらすらと筆が走る。書き終えて便箋のインクを乾かすと、ファーファラはそれを丁寧に畳んで封筒にしまう。封蝋をして完成だ。
「よし! できました。じゃあこれを、使者の方に届けて頂きましょう」
ファーファラは嬉しそうに封筒を掴んだ。
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