第15話 精霊姫の魔力喪失

 翌朝目覚めて、ファーファラがベッドから出ようとすると、ジョエラが心配そうな顔で駆けよってきた。


「ファーファラ様! お怪我をされているのですから、大人しくお休みになっていてください!」


「わたしならもう、大丈夫ですから。怪我はそんなに大きなものじゃなかったみたいです。それに、治療術士の方の腕も良かったですから。もう平気です」


「ですが――」


「ジョエラさんこそ大丈夫なんですか? 頭から血が出てたんですよ?」


「私は大丈夫です! 元々浅い傷でしたし、治療術士のお陰でもうすっかり塞がりましたから」


 ジョエラはそう言って自分の頭を指した。包帯はもう取られていた。


「じゃあ、お互い元気だってことで」


 ファーファラはニコリと笑って、ベッドから抜け出る。ジョエラも渋々それを許した。


「昨日も負傷者が出ましたから、薬だって作らないといけませんよね。それに……」


「どうかなさいましたか?」


 言い淀むファーファラに、ジョエラが尋ねる。何かあるという顔だった。


「いえ。とにかく、早く始めないと」


 だが、彼女は何も言わなかった。作業用の黒い耐熱性のローブに着替え、地下の実験室に不安げな重い足取りで向かっていった。



 いつものように釜に材料を放り込むと、ファーファラは釜の前に立ち、手を翳す。そして意識を集中させ、


「ファイア!」


 と呪文を唱える。だがいつものように青い炎は灯らなかった。


「ファーファラ様……?」


「やっぱり……」


 異変を察してジョエラが駆け寄る。だがファーファラの表情は、こうなることを予感していたようだった。


「やはり、まだ怪我が。それか、昨日力を使い過ぎて……」


「いえ……違うんです。昨日襲われた時も何となく感じていたんですが……」


 ファーファラは俯いた。彼女の細い肩が小刻みに震えていた。


「え……?」


「精霊の力が、消えてしまったみたいなんです。今も……それを確かめたくて薬を作ろうとしました」


「なんですって⁉ でも、あの男なら……」


 ファーファラに手を出す前に、捕らえたはずだった。だからファーファラは力を失う条件を満たしてはいない。ジョエラはそう思っていたが、違ったのだろうか。


「ええ、ジョエラさんのお陰で何もされてはいません。でも……そうでなくて、力が消えてしまったみたいなんです」


 ファーファラがジョエラに負担を掛けまいと、慌てて首を振る。そしてどこか悲し気な笑みを浮かべてそう言った。


「そんな……そんなこと……だって……記録には……」


「記録にはないんでしょうけど、起きてしまったんです。ジョエラさん、このことは外に漏れないようにして下さい。それと、陛下にここに来ていただくようにお伝えください」


 ファーファラは落ち着いた様子で、ゆっくり、はっきりと言った。


「陛下に……?」


「はい。陛下には、ちゃんと話しておかなくては。精霊姫の力が無くなったということは、この国の危機でもあるんですから。対策を練る必要があるでしょう?」


「そうですね。分かりました。いま、陛下をお呼びします」


 ファーファラの落ち着き払った様子に、動揺していたジョエラも幾分冷静さを取り戻したようだった。彼女は急いで国王を呼びに行った。

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