第14話 精霊姫と護衛の忠節
「呪文は唱えさせないよ。声も出さないで。ま、君の護衛には死んでもらったし、ここには誰もこないだろうけれど」
男は悪びれることなくニヤリと嗤った。その悪意に満ちた顔に、ファーファラは身の毛がよだった。
「怪我しているところ悪いけど、サクッと終わらせようか。君を無力化しておけば、フォルモロンゴのオーラタム侵攻も捗るってものさ」
そう言って、彼はファーファラの口を塞いだまま、もう片方の手をファーファラの寝巻に掛ける。
「ファーファラ様から……離れろ……! ストーン・バレット!」
魔法の石礫が男の側頭部に直撃し、血が流れ出た。
「くっ……お前、生きていたのか! 石頭め!」
彼は側頭部を押さえ、パッとベッドから飛びのきジョエラを恐ろしい形相で睨みつける。
「当たり前……だ! アース・バインド!」
男に呪文を使う間を与えまいと、ジョエラが拘束魔法を放つ。魔法のツタが男をからめとり、その口を塞いだ。
「ぐぅっ……」
男がうめき声をあげて床に転がる。
「ファーファラ様……ご無事……ですか……?」
「ええ。ありがとうございます、ジョエラさん。ジョエラさんこそ、大丈夫ですか?」
ファーファラは駆け寄ってきたジョエラを見る。彼女の頭には、べっとりと血がこびりついていた。鈍器で殴られたようだった。
「申し訳ありません……ファーファラ様……。不覚を……とりました」
「早く治療しないと……誰か! 誰か早く来て!」
ファーファラは叫んだ。さっきの男の話からして声の届く位置に兵士がいるか分からないが、それでも叫んでみるしかなかった。
「精霊姫様⁉ ジョエラ殿⁉ これは一体⁉」
少しして三人の兵士たちがやってきた。塔の警備の交代にやってきたところ、兵士が倒れていたので不審に思って上ってきたのだった。そこで彼らはファーファラの声を聞いたらしかった。
「状況は後で話します。今はジョエラさんの治療と、この男の確保を」
「私は……大丈夫です。早くこのことを陛下に報告しなくては」
「精霊姫様もジョエラ殿もお怪我されているのですからこのままで。陛下をお呼びしましょう。治療術士も連れてきます。こんな事態ですから、きっと分かって下さいます。この男は連れて行きます。しばしお待ちを」
兵士たちはそう言うと、侵入者を連れて出て行った。
「精霊姫! お前、何もされていないだろうな?」
突然眠りから覚まされた上に、事態が事態だ。国王の苛立ちは相当なものだった。
「ええ、ジョエラさんが助けてくれましたから」
ファーファラは治療術士の治療を受けているジョエラを労わるように見ながら答える。だが、国王の苛立ちは治まらなかった。
「ジョエラ! お前がついていながら精霊姫を危険な目に合わせるとは何事だ! 今を限りにお前の姫の護衛兼世話係の任を解く!」
「待って下さい陛下! ジョエラさんはわたしを助けてくれました! こんな混乱のなかですもの、不意を打たれたのは仕方ないことです! 何卒、ご容赦を」
ファーファラは国王に平伏し、ジョエラの処分を取り消すよう嘆願した。
「ファーファラ様……」
「……お前がそこまで言うなら良かろう。今日のところは見逃してやる」
国王が渋々許したのを聞いて、ファーファラはほっと胸を撫でおろした。
「陛下。襲撃者はフォルモロンゴの工作員だと言っていました。今日の混乱の隙をついて潜入したようです」
ファーファラが報告する。
「ちっ、フォルモロンゴか。まあいい。背後関係はこれからたっぷり取り調べてやる! 精霊姫、引き続き外出は禁止だ。いいな?」
「はい……」
ファーファラは力なく頷いた。国王はドスドスと不機嫌に足を踏み鳴らして、ファーファラの部屋を出て行った。
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