第13話 精霊姫と襲撃者
ファーファラが城壁に上がると、城門の前に銃で武装した市民たちが集まっているのが見えた。市民の側にも、兵士の側にも、倒れている者があった。
「おお、精霊姫様! これで一安心だ!」
城壁の上で負傷者を収容していた兵士が、すれ違いざま安堵の表情を浮かべる。城壁の上には、もう僅かな兵士しか残っていなかった。
「皆さん! もうやめて下さい! 武器を捨てて!」
ファーファラは城壁の上から呼びかける。出来れば彼らを攻撃したくはなかった。
「精霊姫! 王家の犬め! 結局、俺たちのことなんてどうでもいいんだな!」
怒りの声と共に、発砲音が響く。だがそれは、ファーファラが作り出した炎の壁によって瞬時に溶かされ、彼女に当たることはなかった。
「くっ……炎で銃を防いだだと……?」
市民の間に動揺が広がる。ファーファラはまた炎を操作する。一人一人の銃に向けて小さな炎を飛ばし、一気に熱量を上げる。
「ひっ」
「熱っ……」
手に熱を感じて、市民たちは銃を放り出す。彼らが放り出した銃は、ぐにゃりと曲がっていた。武器を封じられて、市民たちが浮足立った。ただファーファラも全ての銃を無力化出来たわけではなかった。僅かではあるがまだ無事な市民は攻撃すべく前に出ようとし、武器を失った市民は逃げるべく後ろに下がろうとしたから、その間で押し合いへし合い、混乱が起きていた。
「くそ! 結局お前たちはそれしかないんだ! 力で脅し、自分の要求を通す!」
市民の一人が混乱の中叫んだ。
「そうですよ……。あなたたちだってそうしようとしたから……だから、より大きな力で潰さざるを得なかった……」
ファーファラは悲し気に呟いた。
「よくやったぞ精霊姫! さあ、今のうちに反逆者どもを皆殺しにしろ!」
ティレノが混乱する市民たちを指差し、叫んだ。
「嫌です! 国民を攻撃するために魔法を使いたくないんです! わたしの魔法は、彼らを守るためにあるんですよ! 大体、この人たちにだって事情が――」
抗議するファーファラの頬を、パン、とティレノが叩いた。
「馬鹿なことを言うな! 反逆は断じて許してはならん! お前も王家に逆らうというのか? 家族がどうなっても良いのだな⁉」
「そんな……!」
家族を人質に取られてファーファラは狼狽える。家族を傷つけるわけにはいかない。だが、市民を傷つけるのも嫌だった。
(こんな力なんて、持たなければよかったんだ……)
そんな思いが、ファーファラの胸に押し寄せる。その刹那、銃声が鳴り響いた。
「ああっ……」
鮮血が舞い、ファーファラが倒れる。
「精霊姫様⁉」
兵士が駆け寄り、ファーファラを助け起こす。その間にもまた銃声が響いた。だが幸い、誰にも当たらなかった。
「クソ! 馬鹿共が! ウィンド・カッター!」
ティレノが呪文を唱えると、空気の刃が市民たちを襲った。悲鳴が上がる。
「やめ……て……ティレ……殿下……」
ファーファラは止めようとするが、焼けるような痛みで体が思うように動かなかった。
銃声も呪文を唱える声もだんだんと遠くなり、ついには聞こえなくなった。
「うう……」
ファーファラが目を開けると、ぼんやりとした視界の中に、毎朝見慣れた石の天井が浮かび上がってきた。
「ファーファラ様! 良かった!」
ファーファラが目を覚ましたのを見て、ジョエラが感極まって叫び、ベッドの脇に置かれた椅子から立ち上がる。そして、ほっと胸を撫でおろす。
「ジョエラさん……わたしは……いったい……? 反乱は……?」
「反乱分子に撃たれたんですよ。幸い弾は急所を外れていましたし、すぐに腕のいい治療術士に診て貰えましたから、もう大丈夫ですよ」
ファーファラは体を起こしてみる。右の脇腹がチクリと痛んだ。見れば包帯が巻いてある。とはいえ血は滲んでいなかったから、すっかり止血されたということだろう。
「とはいえ、しばらくは安静ですけどね」
ジョエラがファーファラにもう一度ふとんを掛け、横になるように促した。だが、ファーファラは横になろうとはしなかった。
「反乱はどうなったんです? 市民たちは?」
「そんなことより、今はお休みください」
ジョエラは答えず、ファーファラに横になるように促すが、ファーファラは頑として譲らなかった。ジョエラの口からため息が漏れた。
「……鎮圧されました。反乱を起こした者達は、全て討ち取られました」
「そんな……」
ファーファラは顔を覆った。ジョエラは悲痛な面持ちでそれを見ていた。
「さあ、お休みください。腕のいい治療術士に見てもらったとはいえ、まだ完全に治ったわけではありませんし、ファーファラ様自身も元気をつけてもらいませんと。……今は、早く良くなることだけですよ」
ジョエラに再三促されて、ファーファラは仕方なく横になった。ファーファラの頭の中を昼間の出来事が去来し、寝付くことは出来なかった。かといって起きることも出来ずに、ファーファラはじっと横になっていた。
それでもさすがに疲れの方が勝ったらしく、いつの間にか眠ってしまっていたファーファラは、ふと何かの気配を感じて目を覚ます。
ベッドの上で、男がファーファラに迫って来ていた。サイドテーブルの上に置かれたランプに照らされて浮かび上がったのは、栗色の髪の、冷酷な目をした男だった。城の兵士の青い制服を着ているが、その様子は城を護る兵士のそれとは思えなかった。だれかが兵士の服を奪い、忍び込んだということだろうか。
「……⁉ あなた、いった――うっ」
問いただそうとするファーファラの口を、男の大きな手が塞いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます