第12話 精霊姫と思いがけぬ銃声

 束の間の外出を終えてオーラタムに戻ってくると、また閉じ込められた日々が始まった。またひたすら薬を作るだけの日々だった。


「こんな風に閉じ込めなくても、わたしは誰かを愛したりしないのに。というか、こんな風に閉じ込めたりしたから、今までの精霊のいとし子たちもその反動で恋に走ってしまったんじゃないかしら?」


 ファーファラは窓の外に広がる、見慣れた街の赤い屋根を眺めながらため息交じりに呟いた。


「それはあるかもしれませんね。ですが……そうは言っても人の心は分からないものですから。陛下はファーファラ様のことが心配なのですよ。ロンギフロラムに行くときも、随分心配されておいででした。本当は行かせたくなかったのでしょうが、ロンギフロラムとのことを考えるとそれも叶わず……」


 ファーファラの独り言にジョエラが答えた。


「恋愛なんかよりも授かった力の方が大切ですし、ましてやあんな男、絶対に好きになりませんよ!」


 戦場や晩餐会でのユースカディの言動を思い出しながら、ファーファラは息まいた。


「でも向こうはファーファラ様を随分と気に入ったようですから。このままぐいぐい来られたら『つい』ってこともあるかも――」


「ありません!」


 ニヤニヤするジョエラに、ファーファラはびしっと返す。


「陛下だって……信じて下さってもいいじゃありませんか。いえ……それより心配しているのは、わたしじゃなくて、わたしの持ってる力だけ。それも、仕方のないことですけれど……」


 ファーファラはふう、とため息を吐き、また窓の外を見る。王家が欲しいのはファーファラの魔力だということは分かっていたし、だからこそ仕方の無いことではあるが、それでもファーファラには辛かった。ユースカディに問われたことも気になった。そんなファーファラに、ジョエラは何も言うことができなかった。塔の中に沈黙が流れた。


「ん……? 今の声、何でしょう?」


 ふいにファーファラは、誰かの怒声を聞いたような気がした。気になって、さらに窓に近づき耳を澄ます。何事かとジョエラもやってきた。


「誰かが、なにか叫んでいる……?」


 ジョエラも聞いたようだった。そのとき、二人の耳に聞き覚えのある破裂音が飛び込んできた。


「あっ、今のは銃声⁉」


 ファーファラが叫ぶ。ジョエラが頷いた。


「そのように聞こえましたね……。でも、どうして王都で銃声が?」


「銃……ロンギフロラム……。あの男、オーラタムを攻めたりしないなんて言っていたけど、やっぱり裏切ったというの⁉」


 ファーファラが怒りをあらわに叫んだ。


「ですがロンギフロラムが攻めてきたのであれば、王都に来る前に必ず戦闘になり、情報が入るはずです。それに、和平を結んだばかりです。いきなり反故にするとは考えづらいですね」


 ジョエラが首を振る。言われてみれば確かにそうだ。ロンギフロラムとの国境から王都までは距離がある。何の報せもなく攻めてこられるなどということはあり得なかった。

 二人が何が何だか分からず首を捻っているところへ、バタバタと慌ただしい足音がした。やがてバン、と扉が開いた。そこにはティレノが立っていた。急いで塔の階段を駆け上ったのだろう、美しい金の髪は乱れ、息は荒かった。


「精霊姫! 平民どもが銃を手に暴れているらしい。あろうことかこの城を落そうとしているそうだ。お前の力で、奴らを蹴散らせ!」


「え……? 平民たちが銃を? 一体なぜ? どうしてそんな事に?」


 銃などオーラタムでは作られていないし、簡単に手に入れられるものではなかった。外に出ることのないファーファラはおろか、ジョエラとて見るのはこの間の戦闘が初めて、という具合だった。そんなものを王都の平民が持っているなど、ありえないことだった。確かに王都の平民たちの暮らしは苦しく不満が溜まっており、不穏な動きがあるとの報もあった。だが、まさかこんなことが起きるとは誰も思っていなかったのだ。


「いいから早くしろ! 奴らを黙らせるんだ!」


 ティレノはファーファラの問いに答えることはなく、ただ彼女を急かすだけだった。その表情は憔悴しきっていた。


「でも……」


 ファーファラは躊躇する。反乱を起こしたとはいえ、相手は同じオーラタムの国民だ。生活に苦しみやむにやまれず、ということかもしれない。それを攻撃するなど嫌だった。


「いいのか? この城が落ちれば、お前の家族も無事ではないのだぞ。いくらお前たちが元は平民とはいえ、今は王家の精霊姫だ! 美しいドレスを着たお前を自分たちの仲間だとは思わんよ!」


「……‼ わかりました……」


 ティレノの脅し文句に、ファーファラは渋々頷く。ファーファラの本当の家族も、この城の中に住んでいた。確かにティレノの言う通り、城が落ちれば彼らも危うかった。いや、彼らは魔法を使えない分余計に危険だった。


「ならとっとと来い! ジョエラ! 精霊姫のことはいい。お前は父上たちの護衛に加われ!」


 ティレノに腕を掴まれ、ファーファラは塔を降り城壁へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る