第11話 精霊姫と王子の告白
「そうだ。お前と俺との結婚だ」
ユースカディはあくまで真面目な顔で頷いた。
「お断りよ。わたしは力を失うわけにはいかない。『友好』などと言いながら、あなたはオーラタムの力を削ぐことしか考えていないんだわ!」
ファーファラは彼を睨みつけた。ファーファラに近づいてくるということはすなわち、彼女の力を失わせたいということだ。
「『両国の友好』などと言い訳がましいことを言うべきではなかったな。俺はただ精霊姫、お前が欲しい」
「は?」
「お前が気に入った。だから、側に置いておきたい」
「いや何を言って――」
「恋とはそういうものだろう?」
「はぁ? 恋って、一体何を言っているの? あなたはもう国王でしょう? そんな人が、そんな理由で結婚を申し込むなんてしちゃいけないに決まってるじゃない!」
ファーファラをその気にさせるために甘い言葉を囁いている、というわけではなかった。ユースカディは嘘偽りなく本気でそう思っているらしかった。根拠はないけれど、ファーファラにはそう感じられた。それで彼女は、ついそんな説教をしてしまったのだった。王族たるもの、国の役に立たなければ。
「『してはいけない』事など俺には無い」
「いやいや……何言ってるのこの人……」
何ら悪びれることなくきっぱりと言うユースカディに、ファーファラは呆れるしかなかった。
「それに、そういう意味ならさっきの『両国の友好』というのが理由になる」
「『友好』なんていっているけど、どうかしら? どうせわたしの力を奪ったら、さっさと攻めてくるだけよ! 信用なんてできない!」
「そこは信用してもらうしかないのだが……まあ、それは無理な話だろうな」
ユースカディが肩を竦めた。彼があっさりと諦めたことに、ファーファラは拍子抜けしてしまった。
「もしオーラタムが無かったら……守るべきものが無かったら、お前は俺のところに来るのか?」
暫く黙っていた後で、ユースカディがふいに尋ねた。
「……何を考えているの? オーラタムが無くなれば、わたしがあなたのものになるとでも? だからオーラタムを攻め滅ぼすつもり? そんなことはさせない!」
ユースカディの疑問を、彼がファーファラを手に入れるためにオーラタムを滅ぼす気なのだと解釈して、ファーファラはまたユースカディを睨みつける。
「俺はオーラタムを攻めたりしないさ」
ユースカディは静かに答えた。
「だが気を付けることだ。いくらお前の魔力が高かろうとも、それだけで国を守れるわけではない」
ユースカディの言葉は脅しでも負け惜しみでもなさそうだった。心からの助言のようにファーファラには聞こえた。ファーファラだって、自分だけで国が守れるなどと思い上がっているわけではない。そんな事は分かっていた。何か別に意味がありそうだった。だがファーファラにはどういう意図で彼が言ったのか分からなかった。
「……フラれるのは二度目か。だが、お前を諦めはしない。いずれ必ず、お前に俺を選ばせてみせる」
「大した自信ね」
ユースカディの諦めの悪さに、ファーファラは呆れてため息を吐く。
「当然だ。欲しいと思ったものは、全て手に入れてきたのだからな。これからもそうするさ」
「諦めるのも大切なことよ」
「大半の人間にはそうだろうな」
「自分が特別だなんて思わないことね」
ユースカディの揺るがない自信に、ついついファーファラはケンカ腰になってしまう。こんなふうに他人と話すことは、彼女には初めてのことだった。
「確かに俺は、お前のように特別な人間ではないな。だがそれでも、自分を誤魔化して欲しいものを諦めたりはしない。何故お前は、特別な力を持っていながら自分の望みを諦めて他人に従っている? それとも、他人に従って生きることがお前の望みなのか?」
「え……?」
そう問われて、ファーファラは答えに詰まる。何かを諦めている、という自覚は彼女には無かった。大切な家族の暮らしを守りたい、授かったこの力を、皆のために使いたいというのが望みで、それを実践していると思っていた。だけど、そう彼に反論することは出来なかった。何かチクリと、胸に引っかかるものがあった。
「失礼した。別にお前を問い詰めたいわけではない。そう困った顔をしないでくれ。……せっかくロンギフロラムに来たんだ、楽しんでいってくれれば幸いだ」
少し困ったように笑って一礼すると彼は他の客の方へ歩いていった。
「わたしの……望み……」
ファーファラはぽつりとつぶやいて、ユースカディの後ろ姿をぼんやりと見送った。
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