第10話 陳龍成

■中華街 


 麗華は待ち合わせ場所の関帝廟に向かうと、そこには細身の帽子をかぶった少年が立っている。

 列車事故の時にも見かけた少年だ。


「風見さん? お待たせして申し訳ありません」

「大丈夫ですよ。隊長の命令ですから、気にしていません」


 少女のような顔に可愛い笑みを浮かべる風見ではあるが、心の底からのものではない。

 あくまでも”命令に従っているだけ”という距離感を麗華は感じていた。


「そ、そうですか……ありがとう、ございます」

「いえ、それでは陳龍成の店……八戒に向かいましょう」

「はい、風見さんもお休みだと思いますのにすみません」

「あなたは謝ってばかりですね。もっとしっかりしてください、弱みを見せると陳に丸め込まれますよ」


 麗華と同い年か年下に見える風見だったが、対怪異特別部隊の大尉ということで神谷に負けじと劣らずエリートだった。

 そのためか、麗華へのあたりが強い。

 スタスタと先に歩いていく風見の後ろを麗華ははぐれない様についていくのが精いっぱいだ。

 平日の昼間というのに人通りが多いのはさすが横濱一の繁華街の中華街である。

 大通りを1分もあるかずに見えたのが二階建ての建物【八戒】だ。

 一階は茶葉や茶器を売っているお店で、二階がお茶が飲めるところのようだ。


「僕は一階で買い物している風を装って、風の術であなた達の会話を聞いていますから、危なくなったらすぐに降りてくること。いいですね?」

「わかりました」


 麗華は目を閉じて深呼吸を一つすると八戒の店員に話をして、二階へと上っていく。

 一歩一歩踏み出していく階段がとっても長く感じた。


◇ ◇ ◇


■茶房【八戒】


 店員から伝えられた部屋に麗華がはいると、円形のテーブルに陳龍成が腰かけて待っていた。


好久不见おひさしぶり、麗華サン。まぁ、座ってお茶でも飲んでヨ」


 前回と同じ中国の伝統服である黒い長袍チャンパオ を着ている。

 白い茶器からお茶を注ぎ、陳が麗華にお茶を差し出した。


「あ、ありがとうござい、ます……」

「ふふふ、素直なのはいいことだけド、無警戒なのは心配だネ。ボクが毒とか入れていたらどうするんダイ?」

「あっ……」


 一口飲んでから、陳の言葉に麗華は驚き、茶器を置く。

 ぶるぶると震えがでているのを陳は楽しそうに見ていた。


「冗談ダヨ。麗華サンとは仲良くしたいからネ。毒なんか入れてないサ」

「わかりました。あの……本題に入ってもいいでしょうか?」

「ウン、キミの【異能】についてダネ?」

「はい、知っているようなことを言っていたので、私は自分自身のことをもっと知りたいです」


 震えていた麗華は自らの手をぎゅっと握って震えをとめると陳の方を見る。


「キミの異能だけどね。【怪異】を引き付ける【異能】なんだよ。ボクらの国では【にえ】と呼ばれる【異能】になるね」

にえ……」


 陳もお茶を口にしながら、静かに語りだした。

 麗華は陳の言葉を静かに聞き始める。


「【贄】は【怪異】が好む匂いを発し、その肉は【怪異】の力を高めるといわれているよ。トウテツに食べられないよう気を付けることだネ」

「じゃあ、私はこのまま横濱にいるということは……」

「キミの知り合いが襲われる可能性を高めてしまうネ。望むと望まざると、この結果は変わらないヨ」

「私の存在が神谷さんや志保さんの迷惑になってしまうということなんですね……」

「そういうことダネ。だから、よかったらボクと中国にいかないかい? 仙術や仙薬など四千年の歴史が誇る知識や技術がある国だからネ。キミの不安を解消させる手段がみつかる可能性はこの横濱よりは高いヨ?」


 陳の細い目がうっすらと開き、金色の龍の瞳が麗華を見つめてきた。

 麗華は陳の言葉を聞きながら、黙ってしまう。

 時計の針の動く音が静寂の中で唯一響いていた。

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