第9話 決意

■神谷邸

 

 菱川との問題があってから、数日が立った。

 庭掃除をしている麗華はため息をつく。

 思い悩んでいる原因は陳から、麗華の【異能】について話を持ち掛けられたことだ。


(私はどうしたらいいのだろう、どうするのがいいんだろう……)


 数日悩んでも答えは出ない。


「ケンケン!」

「今はあなただけが私の友達よ」


 しゃがみこんだ麗華は足元にすりよってくるトウテツのトーマの頭を撫でた。

 神谷にいって飼うことを麗華は許してもらったので、世話を続けている。

 モフモフした毛玉を撫でるのはとっても癒されていた。

 麗華だけでなく、志保もトーマを撫でるのを気に入っている。

 神谷家のマスコットとしての地位をトーマは確実に固めていた。

 門のベルが鳴り、扉が開くと神谷の姿が見える。


「おかえりなさいませ、神谷さん」

「ああ、今日の夕飯はなんだ?」

「はい、いいお肉がありますのですき焼きとのことですよ」

「ケンケン!」


 神谷の上着を預かった麗華は微笑で答える。

 足元のトーマが元気に走り回るのを見た麗華の頬が緩んだ。

 その様子を眺めていた神谷は一瞬言葉を失うものの、すぐに屋敷の中へと入っていく。


◇ ◇ ◇


 すき焼きを食べていると箸をおいた神谷は志保へ訪ねた。

 

「なんで今日はすき焼きなんだ?」

「いいお肉が入ったのもありますが、麗華さんが来られて1か月たったからですね。こういうお祝いは定期的に行いませんと、京一郎様を気に入っていただけなくなるかもしれませんし」

「志保……お前は俺とコイツをどういう風にさせたいんだ」

「京一郎様が若い女性を一か月も雇うなんて、なかなかありませんもの。これは先々のことを志保は考えてしまいます」


 コロコロと笑う志保に向かって、ハァと神谷はため息を漏らす。

 麗華からすれば志保も若いようにみえるのだが、そうではないのだろうか?


「中華街を根城にしている陳が目を付けた女だ。外に放り出したら、厄介事に巻き込まれる。だから、預かっているだけだ」

「まぁ、今はそういうことにしておきましょう」

 

 コロコロと笑って、食べ終えた食器などを片付けていく志保を麗華が見送っていると、神谷の視線は麗華に向いた。

 麗華はその視線を避けるようにうつむく。


「預かっていただくのはありがたいです。ですが、私は【異能】のことをもっと知りたいです。京一郎様の知っていることがないのであれば、陳さんと会うことを許していただけないでしょうか?」

「【異能】について知りたいと思っているのはわかった。だが、知ることが決していいことではない」


 そういって、神谷はかけていた眼鏡をはずして虹色の瞳を麗華に向ける。


「俺の【異能】は相手のことを色として理解できる〈異能:神眼〉だ。この力は怪異の力の流れから心理状態まで理解できる……できてしまうんだ」


 神谷は眼鏡をかけ直して、普通の瞳で麗華を見つめ直した。


「この瞳のことを知った女たちは気味悪がって、俺の元から去った。この眼鏡で防いでいるといっても信じることはない」

「だから、長期で持たないと……」

「そういうことだ。だから、知ることで対処できることもあるが知ったことで絶望することもある。それだけ【異能】はなんだ」


 静かに言い放つ神谷の言葉に麗華は黙るしかない。

 しかし、麗華の目から力が失われることはなかった。


「それでも、私は自分の力が知りたいです。だって、【異能】がないと言われて絶望してきていたのですから……だから、知ることで対処をすることに集中したいのです」

「わかった、そういうことであれば、明日陳に合うといい。ただ、一人では不安だから俺の部下を一人見張りにつけるので、そいつを連れていけ」

「ありがとうございます。京一郎様」


 不愛想でありつつも、やさしさのある神谷に麗華は心の底からの笑顔を浮かべるのだった。

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