第8話 遭遇

■横濱 倉庫街


 夜の横濱は明治時代に設置された多くガス灯が道を美しく照らしている。

 帝都でも銀座などの繁華街にはあったものの、麗華の住んでいたあたりは少なかったのでこんなに綺麗ではなかった。


「横濱の街並みって、こんなに綺麗なんですね……」

「そうだな、俺達が守るべき街の明かりだ」


 歩きながら街並みを眺める。

 幻想的で綺麗な世界で、麗華にはまぶしく感じた。

 

「その犬はどうするつもりだ?」

「京一郎様の許可があれば飼いたい……です」

「お前の命の恩人……いや、恩犬だからというのはわからなくはないが、コイツは【怪異】だぞ?」

「えっ!?」


 眼鏡を軽く直しながら伝えてくる神谷を麗華が驚きながら見上げる。

 神谷はトコトコとついてくる毛玉を見下ろしてゆっくりと話しだした。


「コイツはトウテツだ。無駄飯ぐらいの怪異だな……」

「ケンケン!」

「自分はもっと役立つよって言ってますね」

「わかるのか?」

「いえ、ただそう思うだけです……私が役立たずだから……」


 麗華は話しながら俯く、自虐的といわれても自信を持てない生活が長かったせいか口から出てくる言葉はネガティブなものである。


「お前は役に立っている……志保が助かっていると言っていた。だから、自分を卑下しすぎるな」

「京一郎様、ありがとうございます」


 そのとき、麗華の背筋にゾワッとしたものが襲い掛かってきた。

 足元のトウテツがグルルルゥと唸りを上げて、麗華の前に出る。

 コツコツと暗い路地から足音が響き、優男が姿を見せた。

 中国の伝統服である黒い長袍チャンパオ を着た短い髪の青年であり、麗華も、神谷もあったことはない男である。


「ボクの気配を察知するなんて……そうか、キミはトウテツか。故郷の怪異がこんな島国にいるなんてネ。横濱はいいところだヨ」


 一瞬、金色の目を開いたが、すぐに閉じられ糸目が神谷と麗華を見つめていた。

 神谷もトウテツと同じように麗華の前に立って、腰の刀に手を添える。


「お前は陳龍成……どうしてここに居る?」

「知っていてくれいてうれしいヨ。なに、ボクはただ商売の帰りサ」


 神谷と陳が向かい合うとただならぬ気配が周囲に充満していった。


「菱川単体では外国との取引は難しい。しかも、裏ルートでならばだ……どこかが関与しているとは思ったが、まさかな」

「キミは軍人よりも諜報員の方が向いているんじゃないカナ? ただ、今は何もするつもりはないヨ。麗華サンを一目見たかっただけだからネ」


 陳は神谷よりも頭一つ分低く、体も華奢ではあったがまとっているものは大きく、強大だった。

 神谷も分かっているのか余計な手出しは避けている。

 周囲の人々も足を止め、神谷と陳の様子を伺い始めていた。


「やはり、キミは【異能】を持っているネ。ただの【異能】じゃない大変貴重なものだヨ」

「私に異能? そんなはずは……力を行使することが何もできないのに……」

「ふふふ、世の中は広いものでネ。異能にもいろいろあるんだヨ。気になるようなら、ボクの経営しているお店にお茶でも飲みに来てヨ。中華街にあるからサ」

「コイツの言葉を聞く必要はないぞ」

「はい……」


 金色の瞳で麗華を見た後、陳は微笑みながら誘いをする。

 ただの食事のお誘いのはずだが、神谷の警戒心は非常に高かった。

 麗華は静かに神谷の言葉に従うものの、その後はじっと黙り込んでしまう。


「じゃあネ。再見さようなら


 ヒラヒラと手を振って陳は夜の裏路地へ消えていった。

 残された麗華と神谷はまだ数の少ないタクシーを拾って屋敷へ帰ることにする。

 移動中、ずっと麗華は黙り込んでいた。

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