第7話 救出
■横濱港 倉庫街
車で倉庫まで連れてこられた麗華は菱川に投げ込まれた。
両手と両足は縛られており、身じろぎをしても外れそうにない。
「別に陳さんを頼らなくても、僕の独自ルートで君を外国へ売れば……いや、いっそ僕も外国に行けば助かるっ!」
ぶつぶつと爪を噛みながらつぶやく菱川の目は血走っており、息が荒かった。
麗華は変わり果てた元婚約者の姿を見て、恐怖よりも哀れみの心が強くなる。
(どうして、こんな人をひと時でも好きになってしまったのだろう……私は飛んだ世間知らずだわ)
今更後悔しても遅いのだが、こんな状態でどうにかできるものでもなかった。
(私は受け身でいるばかり……本当にこれでいいの?)
麗華の自分への問いかけは諦めないという答えを導きだす。
(きっと、志保さんが何とかしてくれるはずよ。だから、時間を稼ごう)
そう思ったら、行動は早かった。
身じろぎをしつつも、倉庫の床に散らばっていたガラスの破片を手にとり、ゆくりと縄を切ろうと動かす。
下手をすれば自分の手もきってしまいそうなので、ゆっくりとだ。
「菱川さん、自首しましょう? 今ならば私も菱川さんが悪くないことを証言します。神谷さんも私の話ならば聞いてくれますから……」
「帝国陸軍のエリートであり、冷血将軍とも名高い神谷京一郎が? 君のような捨てられた令嬢ごときじゃ話を取り合ってすらくれないさ。女中の恰好までして、落ちぶれたものだね」
誰のせいなんだと言いたかったが、ここで言って怒らせてしまっては元も子もないと麗華は思い、言葉を飲み込む。
「私は今の生活でも十分です。萩原の家にいた時は確かに華族の令嬢でしたが、扱いは女中以下でしたから……」
「【異能】のない華族ならば当然といえば、当然だね。【異能】が目覚めると思って婚約までもっていったのに……」
「そうでしたか……でも、それだけを求めているあなたから離れられたのは私にとって良かったと思っています」
【異能】に目覚めれば、それだけで重宝される世の中だから仕方ないが、正面切っていわれるのは胸が痛い。
だけれど、志保さんと共に神谷邸で過ごしていると【異能】の有無なんて生きるのに関係がないと思いはじめていた。
「生意気な! この世の中は力が全てなんだ! 権力と金と異能! それを手にしているものだけが全てなんだ!」
血走った目のまま、菱川は麗華につかみかかろうとする。
麗華はちょうど切れて自由になった両手で菱川を突き飛ばした。
「いつの間に!? 生意気なぁぁぁ!」
激高した菱川が拳を振り上げて麗華の顔に殴りかかる。
ゴッと鈍い音がして、麗華は殴り飛ばされた。
倉庫の冷たい床に転がると、口の中が切れたのか血の味がする。
「そこまでだ、菱川! 婦女暴行の現行犯で逮捕する!」
バァンと倉庫の扉が開いたかと思うと、警官たちがなだれ込んできて、菱川を捕まえた。
女性警官が一人、麗華に近づいてきて回復の術を施す。
麗華の腫れあがっていた頬が戻り、口の中の血の味も消えた。
【異能】とはなんと便利なものだろうと麗華は改めて思う。
「無事とはいえなかったようだが、ひとまず良かった」
警官たちの後ろから神谷が姿を現すと警官たちは直立不動になって敬礼をした。
神谷の階級は少佐のため、この場で最上位なのである。
「京一郎様、ありがとうございます」
「礼ならコイツにいうんだな」
「ケンケン!」
神谷の腕をみるとモコモコの犬が抱えられていて、元気に鳴いていた。
「ありがとう。お礼に美味しいものを食べさせてあげるね」
「ケンケン!」
神谷から麗華は犬を受け取ると、いとおしそうに撫でる。
「あの……神谷少佐、我々は……」
「すまない、その男を連れていけ……背後関係もしっかり洗うんだ」
「はっ! 行くぞ」
「くそっ! 麗華ぁぁぁぁ!」
恨みをぶつけながら菱川は警官に連れていかれて倉庫を出ていった。
そのあとを追うように、神谷と共に麗華も外にでる。
外はもう日が落ちて夜になっていた。
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