第6話 再会

■横濱 神谷邸


「ケンケンッ!」


 草むらから出て来たふわふわした犬はつぶらな瞳で麗華を見上げながら鳴く。


「か、かわいいっ……」


 ふわふわした毛に包まれた犬が麗華の足元までかけてくる。

 麗華は足元まで来た犬をしゃがみこんで撫でた。

 どこから来た犬なのかわからないが、このふわふわした姿はかつての皇太子殿下で買われていたポメラニアンと呼ばれるものによく似ている。

 横濱だから、外国から連れてこられた犬なのだろう。


「迷ってここに来たのでしょうか? 私と一緒ですね」

「クゥン?」


 麗華は目の前の犬に話かけてしまった。

 答えるはずはないのだが、自分も今は神谷の屋敷でお世話になっているものの期間限定のものである。


(迷惑がかかるから、離れたほうがいいのだけど。志保さんは優しいから、ずっとここに居たいな……)


 麗華の悩みを感じ取ったのか、犬は麗華の手をぺろぺろ舐める。慰めようとしているようだ。


「ふふふ、ありがとう。あなたを飼っていいかどうかは神谷さんに聞かないといけないですね」


 犬を撫でながら麗華が微笑みかけていると、門の呼び鈴が鳴る。


「来客の予定は志保さんから聞いてないけど……郵便屋さんかしら?」


 麗華が箒を置いて、門へ近づいた。


「どちら様ですか?」

「その声は……麗華か! 良かった、僕はまだ運がいい!」

「重吾さん!?」


 門を挟んで聞こえてきた声に麗華は驚きを隠せない。

 自分をどこかに売った菱川重吾が、どういう顔をして会いに来たのか分からなかった。

 再会できた喜びよりも、恐怖の方が麗華を支配する。


「麗華、僕が間違っていた。君は大切な人だから、僕と一緒に来てほしい」

「今更そんなこと言っても! どういう権利があって、貴方は来たんですか! 私をあの時、捨てたのに!」


 麗華がこみあげてきた思いを菱川にぶつけた。

 絶望し、汽車が襲われ、今でもこの先の未来が見えない自分に目の前の男は自分の都合しか考えていないことに怒りを覚える。


「話している暇はない、こい!」


 門を無理やりに開けた菱川が麗華の手を掴み、屋敷から連れ出そうとする。


「ケンケン!」


 麗華の腕を引っ張った菱川の足元に犬が食らいついてきた。

 小さいながらも強い力でかまれ、菱川は持っていたステッキで犬を叩く。

 叩かれた犬が菱川のズボンのすそを食いちぎりながら離れた。

 菱川はそのまま麗華を引っ張っていくと、麗華の頭にあったホワイトブリムだけが、その場に落ちる。


「ケンケン! ケンケン!」


 麗華を連れ込んだ車が走りさる姿に犬がずっと吠えていた。


◇ ◇ ◇


「白昼堂々誘拐か……俺の落ち度だ」

 

 落ちていたホワイトブリムを拾い上げた神谷が謝り続ける志保を宥めた。

 数日何もなかったので、安心していた神谷は己の不手際にギリリと歯噛みする。


「ケンケン!」


 そんな神谷の足元にはふわふわの毛玉のような犬がおり、鳴いていた。

 志保が最初に見つけた時も外に向かって吠えていたようで、その異常さに急いで家に入ったら麗華が誘拐されていたと知って神谷に連絡が来たのである。


「この犬はいったいどこから……」

「わかりませんが、麗華さんをみた証人のようではありますね」

「ケンケン!」


 犬がちょこちょこと移動して戻ってくると、ズボンの切れ端を神谷に見せた。


「これはズボンの生地か……質のいいものだから、賊はただの物取りじゃないな」


 神谷は眼鏡をはずし、ひざまづいて虹色に輝く瞳でズボンの切れ端を見る。

 彼の持つ【異能】は人も、怪異も関係なく思念を読み取るものだ。

 それは身に着けていたものの残留思念だって例外ではない。

 だが、見えすぎてしまうので普段は特殊な眼鏡で見ないようにしているのだった。

 

「菱川か……横濱警察へ連絡。菱川を重要参考人として探し出すように言ってくれ」

「かしこまりました。すぐさま連絡させていただきます」

「よくやったぞ」


 神谷は犬を見ると、犬に残った麗華の思いを読み取った。


「よほどひどい目に合ってきたようだな……それにお前は……いや、今は置いておこう」


 眼鏡をかけ直した神谷は犬の頭を撫でると立ち上がり、車の走り去った方向を見る。

 きな臭いものが横濱に集まっている予感がしはじめていた。

 

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