第4話 平穏
■横濱 神谷邸
初めて乗る車から降りた麗華が見たのは萩原の屋敷よりも大きな西洋式の建物だった。
広い庭は綺麗に整えられており、お金のかかっていそうなことだけはわかる。
「ぼーっとしていないで、こちらに来い」
神谷の冷たい目が麗華を見下ろし、先に進んでいった。
慌てて荷物を持った麗華は歩いていく。
神谷の後ろ姿はすらりとしていて、軍服がよく似合っている。
護身術で薙刀をかじっていた麗華くらいでも、刃物のような切れのある雰囲気を感じることができた。
「帰ったぞ。ただ、すぐに出ていく」
ドアを開けて中に入りながら神谷が言うと、家の奥から西洋の女中……メイド服を着用した麗華よりも一回りほど年上の女性が姿を見せる。
「おかえりなさいませ、京一郎様。おや、女嫌いの京一郎様が若い女性を連れてくるなんて、今日はお赤飯を炊きましょうか?」
「余計な勘繰りをするな、志保。探していた女中の代わりだ、訳ありではあるが身元は確認してある。しばらく家においておいてくれ」
「お世話になります。萩原麗華といいます」
付き合うのが面倒だと言わんばかりの苦い顔をしている神谷に対して、志保は優しい笑みを浮かべたままである。
麗華の挨拶にもお辞儀で答えると、すぐに家の案内をはじめた。
「麗華だったな。家では志保がメイド長だ。よく言うことを聞くんだ」
「わか……かしこまりました。京一郎様」
麗華はこの時から、女中として動こうと決めたのか返事の仕方から変えていく。
その姿に驚きつつも関心したのか、志保は目を大きくしていた。
——数日後
神谷邸での暮らしが始まり、数日が立った。
志保もよくしてくれたので、萩原の屋敷にいるときよりも数倍楽しい生活ができている。
朝起きるのが嫌で、辛くない日々が来るなんて夢にも思わなかった。
朝食の時、神谷が麗華に声をかける。
「お前の横濱での本来の受け入れ先のことで話がある」
「どうだったのでしょうか?」
商家の方には神谷が連絡するということになり、麗華は触れていない。
それどころか、少し忘れていた部分も多かった。
「結果として、やはり人身売買を行っている中華系組織の関係者だった。だから、お前の借金も不当なものだろう」
「まぁ、恐ろしい……麗華さんは京一郎様に助けられて良かったですね」
「はい……でも、そうすると菱川さんはどうして……」
「お前の元婚約者であった菱川も怪しい部分はあるが、そちらは帝都警察の管轄だ。俺から伝えられることは以上だ」
「教えていただきありがとうございます。そうなりますと、私もこちらでお世話になることができないのでしょうか?」
神谷の報告を受けた麗華は不安な気持ちを抱きなながら神谷を見る。
萩原の家から捨てられ、当初の奉公もなくなったのであれば麗華の行き場はないのだ。
「京一郎様、私から意見を言うことを許してください。麗華さんはとてもよくやれる方で、大変助かっております。せめて、産休のものが戻ってくるまではこの家で預かっていただけないでしょうか?」
「話を勝手に進めるな……別に追い出すつもりはない。もともと産休のものの代わりに拾ってきたんだ、それまでは使うつもりでいる」
「ありがとうございます!」
眼鏡を食いっと上げて直した神谷は麗華のお礼を軽く手で流すと立ち上がって、出勤していく。
数日間共に過ごしたが、神谷は不愛想なところが多いだけで基本優しい人なのだと麗華は思い始めていた。
◇ ◇ ◇
その日、庭掃除をしていた麗華はゾワッとした気配を感じる。
「何? しばらくなかったのに……」
萩原の家を出てからというものの、時折起こるこの感覚について不思議ではあったが自分でも理解できないことなので、神谷に相談していなかった。
麗華が周囲を見回すと木々が風に揺れてざわめきを起こす。
今は志保も買い出しにでているし、神谷も仕事中だ。
自分一人でどうしたらいいのかと思わず持っていたほうきを薙刀のように構えて、周囲に注意をする。
ガサガサと草むらが揺れたかと思うと、ふわふわとした犬がケンッと鳴いて出て来た。
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