第2話 襲撃


 ギィと音を立てて、屋敷の門が麗華の目の前で締まった。

 生まれてから16年世話になってきた家なのに、見送りにでてきてくれる者もいない。

 軽く背負えるだけの荷物を持って、麗華は横濱までの汽車が出る新橋駅まで歩いた。

 賑やかな街中を歩くが、麗華の表情は暗い。


「帝都ともお別れなのね……ほとんどのものは取られてしまったけれど、お母様の形見の手鏡だけはもってこられて良かったわ」


 手鏡は母が大切にしていた道具で、麗華も母親が亡くなってからも普段使いしていた。

 そうすることで、母と一緒だと思えたし義母や義妹のことを忘れられる。

 思い出がどんどん蘇り、麗華の目にも涙が浮かんできた。


「いけないわ、泣いていてはお母様に申し訳ないし、お母様が残した借金を返すのが私の仕事ですもの」


 涙をぬぐった麗華は自分に言い聞かせて、新橋駅への歩みを速めた。


■汽車内


 汽車が汽笛を鳴らして進む。

 車窓から外を眺めれば、景色が流れていった。

 三等客車のボックス席についた麗華が外を見ているのは、他の席にいる楽しそうな家族を見ていられなかったからである。


「お母様が健康であった時はあのように楽しい家族だったのに……」


 1919年に起きた血の日食の時から母は病に伏せた。

 どんな医者にも見せても原因がわからず、【異能】にかかわるものではないかという結論になる。

 父が回復の【異能】を持つ人を探し、見つかったのが義母の百合子だ。

 百合子の治療の力も及ばずに母は亡くなり、献身的な百合子の姿に絆された父が再婚し、そのまま連れ子の沙織と共に萩原の家に迎えいれたのである。


「思い返せば、不思議な状況ね……」

 

 なぜ治療できなかったのか、それに母をあれほど愛していた父がすぐに百合子と再婚したのか……。

 萩原の家を離れたことで冷静に考えられるようになり、麗華は違和感に気づき始めた。

 でもと、麗華は頭を振って、もろもろを掃き捨てる。


「今となっては……もう、どうにもならないもの……」


 そう、萩原の家を追い出された麗華にはもう関係のないことだった。

 今は横濱での生活のことを考えることが最優先である。


「横浜駅で降りたら、港のほうへ歩くのね」


 重吾から受け取った契約書の内容を確認すると、受け入れ先は横浜港にある商家のようだった。

 商家で下働きならば、麗華でもできそうなことであり萩原の家で蔑まれるよりかは安心できる。

 張っていた気が緩んだせいか、麗華は目を閉じ眠りはじめる。

 母が亡くなってから久しぶりとなる気持ちのいい睡眠だった。


■帝都結界外


 ガタンと汽車が揺れたことで、麗華は目を覚ます。

 ざわざわとした車内の声を聞きながら視線を窓の外へ向けると空が暗雲に覆われていくのが見えた。

 ゾワッと寒気のようなものを麗華は感じる。


(今の気配は何? 何かが起きようとしているの?)


「帝都の結界を離れたからとはいえ、横濱に入るまでの安全は帝国陸軍の対怪異部隊が守ってくれるはずだ」

 

 先ほどの家族の父親が子供をなだめている声を麗華の耳がとらえる。

 そう、帝国陸軍で【異能】に目覚めたものを中心に編成されたエリート部隊が帝都結界の周辺を警邏していた。


「なんだ、あれは!?」

「バッ、バケモノっ!」


 叫び声があがり、車内がパニックになる。

 地面から、巨大な蜘蛛がでてきて汽車を襲いだしたのだ。

 ドゴンと蜘蛛が客車にぶつかり、大きく揺れる。

 麗華は落ちそうになる荷物を確保しながら、パニックで慌てふためく他の乗客と同じように逃げようと座席から立ち上がる。

 客車の出口を開けて、外へ逃げていくもの、窓を開けて逃げようとするもの等もいて、客車の混乱は収まる様子はなかった。

 ドゴンともう一度、蜘蛛が客車にぶつかると客車がギギギギという音と共にひっくり返る。


「きゃぁぁぁ!?」


(私はここで死んでしまうの? 私が【異能】を持たなかったばっかりに……でも、生きていたって輝かしい未来なんて……)


 激しく揺れる客車の中、座席を掴んでいた麗華は自分が無力なことを悔いるが状況は何も変わらなかった。

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