義妹に借金を背負わされ、婚約者を奪われた令嬢でしたが、エリート軍人に溺愛されたので幸せです。

橘まさと

第1話 婚約破棄

 春の訪れを感じる晴れ渡る空。

 新しい緑の香りが鼻をくすぐる気持ちいい季節のはずが、麗華の顔は暗い。

 頭から冷めたお茶をかけられ、床にお茶の入っていたお茶のみ茶碗が転がっていたからだ。


「申し訳ございません」


 正座のまま、綺麗に三つ指をついて謝罪をする。

 その所作は綺麗なものであり、麗華の育ちの良さを示していた。

 

「こんな不味いお茶を入れないで、せっかく来ていただいたお客様に失礼よ!」


 麗華を見下ろしている華美なドレスをまとう令嬢が甲高い声を上げている。

 彼女はふんと鼻をならして、他のものにお茶を入れ直させるように指示をだした。

 転がったお茶のみ茶碗を拾い上げた麗華は、令嬢——義妹の沙織——に一礼をして下がっていく。


(どうして、こうなってしまったのだろう……)


 心の中で麗華は思うものの、理由ははっきりしていた。

 麗華には、この家で生まれた者が持つべき力が備わっていなかった。

 廊下を歩いていく麗華とすれ違う使用人たちの視線は冷たい。

 誰もが、麗華を腫物を扱うようにしている。


「辛いけれど、それもあの人との婚約が決まればなくなるわ」


 唯一の希望である婚約者を脳裏に浮かべた麗華は俯いていた顔を上げて次の仕事へと取り掛かるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 1919年5月、その日に【血の日食ブラッドエクリプス】が起きて世界が変ってしまう。

 1日続く夜を迎えて世界は混乱し、墓場からは死者がよみがえり、吸血鬼や悪魔、妖怪などフィクションの存在が現実となった。

 くしくも、第一次世界大戦を終えてヴェルサイユ宮殿で条約締結に向けた相談を行っていた各国の首相たちは怪異に対する平和同盟を結び、対処を始めたのである。

 起きたのは悪いことばかりではなく、怪異に対抗する【異能】に目覚めた存在が現れ、それにより世界の平和を1925年現在では取り戻してきている。


 ◇ ◇ ◇


「麗華さん……君との婚約の話はなかったことにしてもらう」


 希望が打ち砕かれた瞬間に麗華は固まってしまった。

 目の前には婚約の約束をしていた豪商の菱川重吾の姿がある。

 その菱川を隣にいて、腕を組んでいるのは先ほど、麗華にお茶をぶつけた沙織だ。

 

「君のお父様と、僕の父とも話しをしたんだけれど……今の世の中、【異能】を持つ沙織さんのほうが相応しいとね」


(また、【異能】の話だ)


 麗華のいる萩原家は霊能力が高いと言われていた華族の筋であり、父も、母も【異能】を発生させていた。

 同じ霊能者の血筋でもある義理の母や沙織も【異能】を持っている。

 帝都の守護者である聖女帝様が【異能】に目覚め、怪異から帝都を守る結界を張ったことから、華族や皇族は【異能】を持ってなければならないという風潮が生まれて育つには時間がかからなかった。


「それに調べたところ、君の母親は借金をたくさんこさえてしまったそうじゃないか? そんな人を僕の妻にするわけにはいかないな」

「私は知りません! お母様が多額の借金をするなんて考えられないです!」

「口答えしないでくださる? お父様ともお話をして、あなたをこの萩原の家から出すことが決まりましたの」


 麗華の反論を沙織は止めて、追撃とばかりに決まったことを告げた。

 体温が下がり、頭がクラクラする麗華は何も言えなくなる。


「でも、安心してくれ。元婚約者として君の借金は僕が肩代わりすることにした。だから、横濱へいって返済に努めてほしい」


 そういって、元婚約者は汽車の切符と契約書を麗華へと投げ渡した。

 言葉を失い、投げ渡された切符等を受け取ると頭を下げてから麗華は部屋を離れる。

 その後ろ姿を沙織は楽しそうに眺めていた。


「お義姉様、短い付き合いでしたけれども楽しかったですわ」


 にやりとした笑みを沙織は浮かべる。

 全ては計画通りだと、言わんばかりの笑みだった。

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