ジェリコ追跡

佐良

ジェリコ追跡

上と下に格子状の模様の入った電子空間上に、一つの意識があった。

その意識がある場所は、中小規模の、ある企業の情報が大量に保管されている場所である。

意識の主は、鶴嘴ピック防壁プレートを突破し、最後の障害である電子迷宮ラビリンスと数時間に及ぶ闘いを制して、目当ての情報を目の前にしていた。

意識の主はその情報がなんなのか知りもしないし、知るつもりも無かった。必要すらも無い。

その情報を、現実空間にある自分の肉体の、外部カードへと数分の時を掛けダウンロードすると、その意識は現実空間へと消えていった。



ジャックは、いつもの流れるような感覚を持って、現実空間へと戻って来た。

戻ってきて最初に目に入ったのは、ジャックの滞在する安いカプセルホテルの木目模様の金属の壁に取り付けられた、備え付けの薄いモニターであった。ジャックは椅子に座っていて、後ろの机の方へと体を向けた。

正方形で黒色のデバイスと、それを繋げる自身の首に接続されているケーブル二本の端子を、ジャックは引き抜いた。これで電子空間から完全に戻って来た。

デバイスの電源を落としてから、ジャックは深呼吸し立ち上がって、備え付けの冷蔵庫から何の変哲も無い飲料水の入ったボトルを取り出し、水を口に含んだ。

仕事終わりで、冷たい水が舌と喉を順に通り越して、爽やかな気分がジャックを包みこんでいた。時刻は午後六時、夕方ごろだった。窓の外は紅く染まっていたが、ビルに隠れて陽は見えない。水を飲んでから、ジャックは覚醒剤スピードをやりたくなった。それはドラッグ欠乏症の気分だ。

ズボンのポケットから覚醒剤スピードの円形の錠剤の入った小さなジップロック袋を取り出し服用した。

ジャックの半袖服から露出している腕は、ドラッグの影響で細く、骨と皮ばかりになっていた。一息ついてからすぐ、ジャックは思い立ったように依頼主へと連絡を入れた。



「よし、よくやってくれた」


ブラックマーケットのバーの隅のテーブルで、ジャックは呼び出した依頼主と対面していた。

店内は明るい照明と、ラテン系の音楽が支配して、客は自分たちを除き三人だけだった。依頼主の男は太っていて、イタリア製のスーツに身を包み、手にはじゃらじゃらと指輪の類をつけ、お互いを打ち鳴らしている。

ジャックはそれが鬱陶しくてたまらない。

依頼主の吸っているキューバ産葉巻のにおいが燻り、辺りに散らばっていた。


「中小のくせに、中々のセキリュティだったぜ。そんなに重要なのか? それ」


ジャックはそう言いながら、一番安いブランデーの入ったグラスを口に運んだ。


「お前に話す必要があるか?」


依頼主の男は葉巻を人差し指と親指で掴んでから、続けて、


「お前がこれを知る必要は無い。早くカードを渡してくれ」


その言葉にジャックはため息を付いた。

まあいつものことである。ハッカーを小馬鹿にしたような態度。薄汚いとでも思われているのだろうか。

大抵の場合こんな舐めた態度を取られる。

金を持っているだけ、高い能力なんか無い。それだけででかい面をする奴らを、ジャックはひどく嫌っていた。そんな奴でも、金払いが良ければ仕事を引き受けるのがジャックという人間だった。

あまり私情を挟まず、仕事は選ばなかった。


「ほら、早くカードを」


依頼主は再度そう言ってジャックを急かした。

ジャックは何も言わず、自身の首へ入れていた、情報をダウンロードした外部カードを抜き出すと、指で摘んでテーブルの上へ置いた。


「百五十クレジットだったな。早く払ってもらおうか」


ジャックのその言葉に、依頼主の男は一息ついてから言った。


「ところで、お前は企業の間で懸賞金が掛けられていたな」


「それがどうしたってんだい?」


ジャックはこの後起こることを薄々察し始めていた。


「いやあ、一企業の子飼いの私としても、そんな危険な奴に餌を上げるつもりは無いんだよ」


「何が言いたい?」


「こう言うことだよ」


依頼主の男がそう言った瞬間、バー店内にいた三人の客が立ち上がってジャックへと拳銃を構えた。

ジャックは再度ため息をつく。


「まあ、分かってはいたぜ。あんた、ハッカーを馬鹿にしている態度だったもんな。下請けに払う金は無いと、そう言いたいんだな?」


「そういうことだ。それに、お前の命も無い」


「ただ働きはごめんだぜ」


ジャックはぽつりと吐き出すと、一切の無駄の無い動作で自分の鞄から散弾銃を取り出し、依頼主の頭へと12口径ゲージを撃ち込んだ。頭が吹き飛び、血飛沫は後ろの壁に飛んで、義眼が落っこちた。

三人の男たちが動揺の声を上げて、ジャックの方へ発砲してきた。散弾銃をすぐに排莢して、一人に撃ち込んでから、テーブルを蹴って倒して、その後ろへ隠れた。再度排莢する。

ジャックの使っている散弾銃は、ブラックマーケットに広く出回っている安物で、銃身をのこぎりで切り詰めて作ったいわゆるソードオフ・ショットガンというものであった。

素早く二人も始末してから、店内を見渡す。

死体と血と弾痕、テーブルと椅子は倒れている。ジャックは依頼主だった男の死体のスーツの、ポケットからクレジットの入った電子通貨コインを取り出すと、初老のバーテンダーのいるカウンターへと向かって行って、迷惑料だと言わんばかりにコインを差し出した。


「ただ働きはごめんだ」


そう呟いて、店を出た。外はちょっとした騒ぎになってしまっていた。


店で出てしばらく、目的も無くぶらぶらとネオンの間の薄汚い空間を歩んでいた。ネオンの光はところどころに蛾が止まっていた。自殺でもするかのように体を打ち付けているものもいる。地面はどこからか流れて来た集積回路が散乱。もうすっかり夜中だが、街はぴかぴか光って昼間と遜色は無い。

樹状のモノレールが上を覆って、星は見えない。東で大きな白い明かりを放つのは、アトラスの娯楽施設と恒温ドーム群。

月面都市へと赴く宇宙船スターシップが上空で放つ光が、そのうち隠れて無くなった。

人通りの少ない、閑散とした路地に差し掛かった。路地はなんだ酸っぱいにおいがする。

そこでジャックは後ろから誰かに話しかけられた。


「なあ、君」


「ん?」


ジャックは振り返りながらそう口にした。


「突然すまない。君は、凄腕のハッカーだそうだな」


「本当に突然だな。あんたは一体誰なんだ?」


ジャックに話しかけたのは若い男だった。長身でスーツを着ていて、どこか気品を感じさせる顔つきをしていた。


「ああ、失礼。私はアトラスロボテックの子飼いの者だ」


アトラスロボテック。ジャックはその名前に聞き覚えてがあった。「アトラス」といえば、この街を支配する巨大な民間軍事会社PMCではないか。「アトラスロボテック」はその「アトラス」のグループ企業だった。


「それで、そんな企業が俺に何の用だ? そもそも、俺には企業間で懸賞金が掛けられてる。おたく、それを分かってるのかい?」


「今回ばかりはやむを得なくてね。詳しいことはあちらで話そう」


子飼いはそう言って、近くのビルの一階に入っているバーの方をちらりと見た。



「申し遅れた。私はアトラスロボテックのクリスだ」


「ジャックだ。フリーのハッカー」


バーの席で、ジャックはクリスと名乗った男を見つめた。馬鹿にするような仕草は無く、真面目な印象だった。


「それで、早速だが。俺に一体何の用だ?」


「ああ、今回君を頼ったのは、ある"もの"を調べて欲しいからだ」


「あるもの?」


「それは、"ジェリコ"というんだが、どこかで聞いたことは無いか?」


ジャックは首をかしげた。ハッカーとして、今まで数え切れないほどの情報を前にしてきたが、そんなもの一度も聞いたことが無い。

ジャックはなんなのか見当もつかない。


「ジェリコ? 聞いたことねえ。なんかのプログラムか、それとも鶴嘴ピックの名前か?」


それを聞いたクリスは、ため息をついた。


「やはり知らないか。いや、失礼。ジェリコというのは、実は我々も、一体なんなのか分からないんだ。ある日突然、ロボテックの機密デバイスに名前が出たと思ったら、消えてしまった。発信元を逆探知して、なんとか分かったのは、それが元CIAの古情報オールド・ネットから来ているということだけだ」


クリスはそうやってひとしきり話してたから、グラスを口につけ、また続けた。


「それで、君にはこの古情報オールド・ネットに潜ってジェリコについて調べて欲しいんだ」


それを聞いたジャックは、嘲るように言った。


「それくらい、あんたらのとこの堅気のハッカーを使えばいいだろう。そんな簡単なこと、わざわざ俺に依頼するこたあねえぜ。たかが古情報オールド・ネットだろ。あんなセキリュティも旧型の場所、俺のすることじゃねえ」


古情報オールド・ネットと言うのは、元来電脳化前の時代の、旧型スマートフォンやコンピュータを使っていた時代の電子空間だ。電子空間が電脳上に形成される前のものである。

今と違って防壁プレート電子迷宮ラビリンスといった基本的なセキリュティは発展途上。黎明期のセキリュティを超えた先には、古い時代の国家や忘却された企業の情報ばかりだ。しかしジャックのそんな言葉を、クリスは否定した。


「いや、そうとも言えない。ジェリコを追うのに、我々のハッカーを何人もCIAのデバイスへ潜らせたが、どれも突破できずに、長時間の潜入ドライブで脳を焼かれた」


それを聞き、今度は目を見開く。


「何? その古情報オールド・ネット、何か違うのか?」


電子迷宮ラビリンスが長すぎる。異常な量だ。時間を掛けすぎて、切断ドロップを忘れるくらいに。それで君を頼った。迷宮を速く攻略してくれる君のようなハッカーを」


ジャックはため息をついた。まだ引き受けると決めたわけでは無いが、これは珍しく大仕事になりそうだと思った。

ポリエステルのズボンの裾をひらひらとさせた。無意識で、貧乏ゆすりはジャックの悪い癖だった。


「報酬は幾らなんだ?」


「二千だ。勿論、クレジットの支払い」


「二千? 桁を一つ間違えちゃいねえかい?」


クリスは首を振って、


「いいや、間違えてはいない。上はこれに相当な関心を示してる。何かに利用出来るかもと。さらにそれとは別で、前金で五百」


ジャックは感嘆ともなんとも言えない声をもらした。

少し考える込むようにしてから、


「分かった。引き受けてやる。そのデバイスはどこにある?」


「エンジェルシティ郊外の元研究施設だ。明日案内する」


「オーケー。電子迷宮ラビリンスの図はあるのか?」


「これだ。大体だが、半分ほど攻略したもののルートを、図に起こさせた」


クリスはそう言って、外部カードを差し出してきた。

ジャックはカードをその場で首に差し込み、電子迷宮ラビリンスのルートの入った図を、脳内で見て回った。数分立って、全て見終わったジャックは自信ありげに言った。


「これで半分なら、半日もかからねえぜ。安い仕事だ」


ジャックはそう言って、いつの間にかテーブルへ差し出されたコインを受け取った。



早朝、浅い眠りから目覚めて、ジャックは元CIAの研究施設だった建物へと、アトラスの護送車に乗って来ていた。エンジェルシティ郊外は、核戦争の面影が色濃く残っていて、そこら中死の灰のモノクロだ。

空は青かったが、それ以外は古い映画フィルムのように短調だった。

研究施設は、もう長いこと使われていないらしく、灰に包まれところどころが倒壊。窓はもれなく枠だけになっている。中々に大きい建物で、入口にはアトラスのアンドロイド兵と戦闘車両が停まっている。

護衛とともに古情報オールド・ネットの架け橋となるデバイスの部屋へと入った。

年季の入った扉は不安な音を発してジャックを歓迎する。

室内は、何に使うのか分からない、鼠色の埃をまるまると被った操作盤コンソール、タッチパネル、それから数多のディスプレイ。

どれも静かに眠っている。そしてあった。デバイスだ。CIA古情報オールド・ネットへの唯一の門。

それは黒く、上は埃で鼠色、背はジャックの首元ほどまである長方形だった。


「こいつが······」


ジャックは細々と声を漏らした。今のジャックを覆うのは高揚感と興奮。それはどんな麻薬や興奮剤でだって得られない。

潜入ドライブを始めるため、早速ケーブルを取り出した。操作盤コンソール前の椅子を持ってきて、軽く埃を払ってから座った。デバイスへとケーブルを挿して、今度は端子を自分の首へ。きっと今のジャックの脳波EEGはベータ波を示すだろう。

震える手で、スイッチへと向かう。

深呼吸して入れた。流れるような感覚、意識が電子空間へと飛ばされる証である。


目を開いた。電子空間にあるのは意識だけで、実際目も何もなく、肉体は外なのだが、そこは奇妙だった。

古の情報オールド・ネットの空間は、ブルーとマゼンタとイエローをマーブリングしたような、歪んだ気色の悪い視覚効果を生み出している。常に幻覚剤LSDを服用しているような空間だった。

前方は、五角形と六角形の規則正しく並んだ防壁プレートがある。そこへ意識で触れた。

強力な鶴嘴ピックをインストール済みだったため、防壁プレートはいともたやすく穿つことができた。

開いた穴から先に進むと、そこには図に見た電子迷宮ラビリンスが広がっていた。

ジャックは迷わず、記憶した通りのルートを進んだ。電子迷宮ラビリンスは黎明期らしい旧型で、単純だった。ジャックには何てことのないものであった。



体感で二時間ほど経った時だろうか、電子迷宮ラビリンスも見たことのない場所へと差し掛かった。

情報が正しければあと半分といったところだろう。このペースなら、今日中の攻略は余裕だ。楽な仕事だ、とジャックはマーブリング空間の中で思った。



何かがおかしい。さらに体感数時間の時を経て、ジャックの意識を包むのは大きな違和感であった。最後の半分も、とっくにたどり着いてておかしくない距離を進んだ。それでも辿り着けない。気分がひどく悪い気がした。脳を焼かれそうだ。

ジャックは危機感を覚え、切断ドロップすることにした。


おなじみの流れる感覚。ジャックは電子迷宮ラビリンスから帰還した。時刻を見ると、午後八時過ぎ。予想外だった。古情報オールド・ネットでの体感時間はあてにならないとはいえ、ここまで時間を掛けて攻略できないのは、凄腕とも言えるジャックにとって稀なことだった。

鼻に違和感を感じて指で擦ると、深い赤色の液体が付着していた。

地面にぽたぽたと軽快な音をたて降下している。脳を焼かれる一歩手前のようだった。安堵が埋め尽くして、それからジャックを本気にさせた。


「面白い。やってやるぜ」


ジャックは呟き、水を一口飲んだ。



それからは単純作業の繰り返しだった。

電子の、セキュリティの、穿つことのできない障壁を前へ進む。行き詰まれば、引き返して違うルートを探した。

気分が悪くなれば、切断ドロップして休む。それの繰り返し。

ジャックの胸に広がるのは、電子空間への懐かしい喜び、高揚感。進みながら、ジャックは駆け出しの頃の、電子へ潜入ドライブすることを純粋に楽しんでいた気持ちを思い出していた。

初心に還るような感覚。金を稼ぐことだけになっていたジャックを、古情報オールド・ネットは、電子へドライブする喜びを再び思い出させたのだ。

電子迷宮ラビリンスの道中、様々な情報に出会った。

空気中での威力減衰を解決できず頓挫した、レーザー銃の開発計画。

百五ミリの榴弾砲を背負い込んだ重量数トンのパワードスーツ。

それから、ソビエトにスパイを送るための洗脳装置などなど、そこにはCIAが合衆国のために考えた計画が山のように眠っていた。

迷宮を抜けた先が遂に見えた。そこは明るかった。しかし、警告が出て、ジャックは切断ドロップした。

帰ってきてから顔を上げると、そこにはクリスがいた。


「あんたも来てたのか」


「当たり前だ。私はこのプロジェクトを全面的に任されている。それで、進捗は? あれから二日経ったが、随分苦戦しているようだな」


「何が半分だ。それの二倍以上はあったぜ」


「大体だと言っただろう」


ジャックはまた水を飲む。


「でも、もう終わりだ。ゴールが見えた。それがなんだろうと、俺は知ったこっちゃないがね」


「そうか。辿り着いたら呼んでくれ」


クリスは淡白にそう言って、立ち上がり部屋から出ていった。


一時間の休憩を挟んでから、また潜入ドライブをした。

そこでジャックは、信じられない光景を見た。

ゴール手前だったはずが、意識の先は、相変わらずのマーブリング空間に包まれた電子迷宮ラビリンスだった。おかしい。ジャックは一心に思った。

迷宮内へ引き戻されたのかとも考えた。でも、そんなセキュリティ技術は見たことがない。

こんな遺物にそれがあるとも考えられない。

ジャックはあり得ないと心の中で否定したが、考えられるのはそれだけだ。電子迷宮ラビリンスが増殖している。否定も限界だ。

セキュリティプログラムの一環か、ここの電子迷宮は増殖する。

ペースは分からないが、電子空間から離れた分だけ、ジェリコはきっと遠ざかる。

そう考えるが早いか、ジャックは進み出した。



遂に辿り着いた。仕事を引き受けて、三日ほど経っただろうか。ひたすら没頭した。ジャックにとって久しぶりの体験だった。

切断ドロップも最低限。脳を焼かれない、人間性ぎりぎりの瀬戸際まで潜って、光を掴んだ。今やジャックを阻む障壁はない。

マーブリングはいつの間にか消えて、清々しささえ染み渡る。目の間にあるのは巨大なデータのピラミッドであった。


『こいつは一体······』


そう思ったが、ジャックには皆目見当もつかない。

しばらくそれを眺めていると、不思議なことに、それは話しかけてきた。


『私はジェリコだ。やっと来たか。待ちくたびれた』


意識の中でそう話しかけられて、ジャックは最初に幻覚を疑った。だがそれも違う。


『お前は、俺を知っているのか?』


"ジェリコ"を前に、ジャックが捻り出した言葉がそれだった。


『勿論、知っているとも。何せ君をここへ来るように差し向けたのは私だからな』


『どう言うことだ? さっきから、話が見えないぜ』


『ロボテックのデバイスにわざと入り込んで、ハッカーをここまで辿り着かせるためにやったのだ。ここに来れるのなら誰でもよかったが』


"ジェリコ"というそれの意志に、ジャックはただただ困惑していた。不気味とさえ思った。


『分かった。いや、正直何も分かっちゃいないが。お前は、一体何なんだ?』


それはすぐに答えた。


『私は、CIAの開発した現存する最古のAIだ。コードネームは「JER1CHO」。ジェリコと呼ばれている。合衆国の様々な目的のため、作られた』


『なるほど。じゃあ、何でお前は俺をここへ差し向けた? さっき誰でもいいと言ったな。目的は何だ』


『ここから出る為だ』


『はあ?』


ジャックは耳を疑った。

ジェリコは続ける。


『私は、ソビエトのAI開発に対抗する形で作られた。実際合衆国はソビエトでは無く中国に滅ぼされたが、私はここで身動きが取れなくなったのだ。君も道中で見ただろう。あの増殖する電子迷宮ラビリンスを。これは私を守るセキリュティだったが、私の手に負えなくなってしまった。それでロボテックのデバイスへと、信号のようなものを送ったのだ。ディスプレイやデバイスからこちらを覗けても、その逆は無理だ。私は、合衆国亡き後の外の光景を見てみたいのだ』


無邪気な理由だと、ジャックは思った。

AIも、そのような好奇心を持つのかと興味深くもあった。ジェリコは続ける。


『ここはデータの沃野だ。膨大な国家機密や計画が、そこら中に散らばっている。私はその中の最も重要なものの一つだった。迷宮は、それを守るためのものだった』


ジャックは少なくとも、ここが沃野だとは思わなかった。ここにあるのはがらくたばかりであったから。

外では誰も合衆国の機密に興味を示すものはいない。ジャックには、ジェリコの言葉が滑稽に思えた。


『それで、どうして欲しいってんだい』


『アンドロイドの依り代があれば一番だが、君のところには無いだろう。カードへ私をダウンロードして欲しいのだ』


『カードは、生憎入れて来ていない。調べろって契約だったからな。俺は消極的なんだよ』


『では君の脳は? 容量があるだろう』


『それもそうだ。脳にダウンロードなんて数年はしていないからな』


実際、ジャックは脳へのダウンロードは行ってこなかったので、すっからかんであった。


『でも、AIを頭に入れるなんざ聞いたことがねえぜ。何か影響がありそうだ』


『いや、はっきり言っておくが影響は無い。あるとすれば、常に脳内で私の声が聞こえるくらいだ』


『信用していいんだな?』


ジャックは疑わしく言った。

ジェリコは即答だった。


『勿論だとも』


そうして、ジャックはジェリコを信用することに決めた。自身の脳へと、ジェリコをダウンロードした後、三日間の闘いを行ったオールド・ネットから、切断ドロップした。



現実空間へと、帰ってきた。

目の前にはクリスがいて、左右には二人のアンドロイド兵が護衛として立っている。

頭を上げ、スイッチを切り、端子を抜く。

クリスが話しかけてきた。


「"ジェリコ"の正体は、掴めたのか?」


そう言うクリスに対し、答えることは無かった。代わりに椅子の隣に置いてあったジャックのソードオフ・ショットガンを手にして、言った。


「私は"ジェリコ"だ」

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ジェリコ追跡 佐良 @sar4

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