第2話 28話『母さん、事件です』その後

https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330660048975351

(横浜駅で餌と別れた加奈が暴漢に襲われかかった回)


〈火曜日昼食時 給水タンク裏〉


〔餌〕「エロカナの口ぶりからすると、やっぱりお百度参りはかなり訳アリ女っぽいんですよね」

〔三〕「それにしてもシャモの野郎、俺たちの追及ついきゅうを避けるかのように学食に逃げやがって」

〔松〕「あの二人の仲はとっても良い感じです。手つなぎデートをしていましたよ」

〔三〕「えっ、デート現場を見たの。どこにいたのよ」

〔松〕「仏像さんとコーヒーを飲みながら貨物列車を眺めていたら、二人が目の前を横切っていきました」

 シャモとしほりのデート現場を目撃した松尾は、三元さんげんの問いに淡々と答えた。

〔餌〕「ああ、仏像がエロカナと初めて会った所の近くでしょ」

〔仏〕「そうそう。地下に潜っていく貨物列車を見ていると何かいやされるんだよな」

〔松〕「飽きないんですよ。目の前に川があって、広々としていて、見慣れない貨物列車が何両もつながって出たり入ったり」

〔餌〕「で、あの二人どうだった。特にお百度参りの方」

 にこにこと頭の周りにお花を飛ばす松尾に、餌がぐいっと顔を近づけた。


〔松〕「そもそもどうして彼女を生霊いきりょうだのお百度参ひゃくどまいりだのと呼ぶのですか。あんなに感じの良い人なのに。まるで木彫きぼりの観音像みたいです」

〔仏〕「聖観音しょうかんのん、それとも馬頭観音ばとうかんのん。俺は如意輪観音にょいりんかんのん派なんだけど」

 仏像フェチの仏像は、『観音像』の単語に敏感に反応している。


〔三〕「仏像、此岸しがん(現世)に戻ってこい。松田君、仏像の前で仏像話をしたらまずいってそろそろ学習してよ。それで話を戻すとだ。松田君の目には、お百度参りは感じが良さそうな女子に見えた訳だ」

〔松〕「血色も良くて健康的で綺麗きれいな人だなって」

〔餌〕「あのお百度参りが。下野しもつけいわく体感温度が五度下がる生霊いきりょう女が。血色も良くて、健康的で、綺麗きれい。そんなバカな」

 餌は目を泳がせながらスマホで加奈に連絡を取る。


〔餌〕「返信早っ。『しほりは今日も不気味なぐらいニコニコしてて、食欲もかつてないレベルで旺盛おうせいでずっとしゃべってる。マジで怖い助けて』」

〔仏〕「オイこれ魂入れ替わってねえか」

〔三〕「それなら牡丹灯籠ぼたんどうろうコースよりはマシだが、どうやったら二人の魂が入れ替わったって言うんだよ。そんな訳あるか」

 餌の報告に、仏像と三元がお互いを目でちらりと伺う。


〔餌〕「でもそうとしか思えないレベルの変わりっぷりですよ。それにお百度参りの現在の様子は、シャモさんがお百度参りの体に入ったって考えれば納得の変貌へんぼうぶりじゃないですか」

〔三〕「体に入った、ねえ。まさか日曜にそこまで一気に進んだのか」

〔仏〕「『魂が』体に入ったって言ってんだろ。何エロい事考えてんだよ真昼間から」

 先を越されたと頭を抱えた三元さんげんを、仏像は冷めた目で見つめる。


〔三〕「しょうがないだろこちとら高校生なんだよ。高校生ったら起床時間の八割は下ネタで満たされてんだって」

〔松〕「心外です。高校生全員が下ネタに起床時間の八割を捧げているなどと思わないでください」

〔三〕「またまたあ。松田君だって、頭の中じゃあれやこれやイケない妄想もうそう渦巻うずまいているくせに。そうだと言ってよ。俺たち同じ落研の仲間だろ」

〔仏〕「松尾乗せられるんじゃねえぞ」

 松尾はしっかりとうなずくと、空の弁当箱をしまった。


〔仏〕「で、餌は今日もエロカナと同伴帰宅か」

〔餌〕「今日は同伴帰宅するしか無いけど、これが続くのは正直辛い。いっそ天河てんが君にエロカナの護衛ごえいを任せるか。天河てんが君ってエロカナがタイプみたいだし」

〔仏〕「天河って横須賀住みじゃん。思いっきり逆方向だろ」

〔餌〕「エロカナと付き合えるチャンスだと思えば、嬉々ききとして送り迎えするんじゃない」

〔三〕「エロカナが天河君を気に入るかどうか分からんぞ」

〔餌〕「エロカナに選択権はありません」

〔松〕「本当にそれで良いのですか。エロカナさんって絶対餌さんの事が好きなんですよ。好きな子いじめるあの感じ。まさに甘噛あまがみしてくるシーサーみたいなもんじゃないですか」

 餌が再びスマホとにらめっこをしていると、松尾が余計な一言をうっかりと漏らした。


〔仏〕「甘噛みして来るシーサーってそれ獅子舞ししまい

〔三〕「確かに獅子舞ししまいそっくりだわ」

〔餌〕「そんな事あるわけ無いし。だって僕とエロカナですよ。仁王ですよ。絶対嫌。あーもう絶対あのド変態は天河君に押し付けるっ」

 三人がげらげら笑っていると、餌が顔を真っ赤にして階段を駆けおりた。

 かくして餌は天河にエロカナを押し付けることとなったのである。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る