第1話(下)超訳☆牡丹灯籠

〔服〕「そう言えば、江戸加奈えどかな(エロカナ)さんとパンダ君ってどんな関係なの」

 準備体操を終えて鳥かごパス練習を始めると、服部が皆が気になりつつも口に出せない疑問を出し抜けに口にした。


〔天〕「加奈さんは『変態道への一本道を突き進む同士』って言ってたよな」

〔長〕「それって〇〇フレンドって事」

 長門ながとの直線的な発言に、さすがのえさも思わずパスミスをする。


〔餌〕「ちょっと待って、僕にも選択の自由はある。あの人は小学校時代からの腐れ縁なの。エロカナだけは絶対に嫌っ。仁王におう阿形あぎょう)だよ!」

 ピッチ外に転がったボールを拾って来た餌は、うっぷんを晴らすかのようにシャモへ強いパスを送る。だが無言でパスを受けたシャモは、天河てんがにパスを無言で出すのみ。

 口から生まれてきたような人気配信者・みのちゃんねるにあるまじき所業しょぎょうである。


〔天〕「あんな幼馴染おさななじみと変態話が出来るなんてうらやましいよ」

〔餌〕「天河てんが君、まさかと思うけどエロカナがタイプなの」

 シャモからのパスを胸でトラップした天河てんがは、見た目年齢四十歳の顔を赤くした。

〔長〕「彦龍ひこりゅうって小柄で実が詰まってるタイプに弱いんだよな」

〔餌〕「小柄で、実が詰まってるwww」

〔仏〕「エロカナってパグかシーサーみたいだよな」

〔天〕「そこが良い」

 それだけ言うと、天河は煩悩ぼんのうを振り払うように、無人のゴールにボレーシュートを放った。


※※※


〔仏〕「三元、柔軟じゅうなんしろよ」

 各駅停車に乗る三元とお決まりのあいさつを交わして特急電車に乗り込むも、シャモは両手で吊革つりかわをつかんだまま、目を虚空にさまよわせていた。

〔餌〕「シャモさんってばかなりの重症ですね。このまま行けば『牡丹灯籠ぼたんどうろうコース』ではないですか」

〔仏〕「なあ、生霊いきりょうと付き合うのは確定なのか」

 シャモはうつろな目をして無言でうなずくのみ。

〔松〕「やはり明らかに様子がおかしいですね」

 松尾が小声で仏像にささやくと、仏像は吊革つりかわに両手を通して小さくため息をついた。



〔餌〕「あー、エロカナから呼び出しかかった。シャモさんがこんなにおかしくなっているのに」

 スマホをちらりと見た餌が、げっそりした顔でスマホをもてあそぶ。

〔仏〕「また横浜で待ち合わせか」

〔餌〕「東口の中央改札で待ってろだって」

〔仏〕「いっそエロカナと付き合えば。変態道への一本道を突き進む同士なんだろ。だったら互いを実験台にすれば済むじゃねえか」

〔松〕「鬼だ。鬼がいる」

 仏像が時おり無自覚にぶちかます発言に、隣で黙って会話を聞いていた松尾が思わず後ずさる。


〔餌〕「絶対断る。下野しもつけ君なんてあの程度で泣き入れてる場合じゃないんだって。エロカナが悪乗りしたらあんなもんじゃない。森崎いちご様ならともかく、仁王だよ、シーサーだよ。あのケダモノの興味を二次元BLに誘導するのがどれほど大変な作業だったか、分かりもしないくせに」

〔仏〕「なあ、それって最近の話じゃねえよな」

〔餌〕「さすがに小学校時代の話。はあ、冗談じゃない会いたくない」

 ため息をつきながら、仏像と松尾に続いてえさも横浜駅で降りる。その後ろを、神奈川新香町かながわしんこちょう駅で降りるはずのシャモが幽鬼のようについてきた。


〔餌〕「あれシャモさんも横浜で降りるんですか。何で」 

 シャモは無言でうなずいた。

〔仏〕「お前本当におかしいよ」 

 シャモは無言でうなずいた。

〔松〕「お疲れさまでした」

 シャモは無言でうなずいた。


※※※


〔仏〕「シャモの野郎、『無言でうなずく』以外のコマンドが利かなくなったぞ」

〔松〕「生霊と呼ぶべきかお百度参りと呼ぶべきか。とにかく彼女と本当に付き合う事になったんですよね」

〔仏〕「本人曰くそうらしいが、あの様子はマインドコントロールでも受けているレベルだろ。いよいよ本格的に『牡丹灯籠ぼたんどうろうコース』じゃねえか」

〔松〕「昨日一緒にいたぐらいで日をまたいでマインドコントロールが掛けられるとしたら、相手はプロ中のプロですって。あり得ない」

 餌の後ろをとぼとぼと歩くシャモの後ろ姿を見ながら、仏像は本格的にやばいやつじゃねえかとこぼした。


〔松〕「それはそうと、牡丹灯籠ぼたんどうろうって怖い系の話ですよね。どんな話でしたっけ」

〔仏〕「『超イケメソニート侍のワイ、美人令嬢と一目ぼれメイクラブしたんやが(自分から彼女にぐいぐい行くのが怖い草食系男子)』」

〔松〕「言い方。もうちょっと落語初心者の僕にでも分かるように教えてくださいよ」

 松尾が苦笑しながら仏像を横目で見る。


〔仏〕「他人の別荘で出会って五秒で美人令嬢・おつゆと合体した超イケメンニート侍(浪人)・新三郎しんざぶろう。また会いに来てくれないと死ぬとまで女に言わせた鉄板案件だったにも関わらず、元来の陰キャがたたって会いに行けずに震えながら子供部屋侍として自宅警備をする事三月みつき

〔松〕「ちょっと待って。今の時点ですでに突っ込みどころしかないのですが。まず他人の別荘で出会って五秒で合体。女はヤンデレ美人令嬢。陰キャのくせに五秒で合体。それでもって美人令嬢に都合よく一目惚れされる。それなんてラノベ展開??」

 松尾は白い目で仏像を見る。


〔仏〕「ちょ、ちょっと待て。まだ話の続きはある。それで、一向に会いに来ない新三郎に捨てられたと思い込んだお露は自ら命を絶って」

〔松〕「そんなヤンデレ捨てて正解ですよ」

〔仏〕「おおおおーい! 松尾、お前度胸ありすぎだろ呪われるぞ。これめちゃくちゃ長い話なの。まだ続きがあるんだってば」

〔松〕「手短にお願いします」

〔仏〕「せっかちな奴だな……。結論を言うと、死んだと聞かされていたはずのお露が新三郎の家に現れて毎晩毎晩いちゃラブ三昧ざんまい。それで、新三郎の知り合いがお露の正体を見破って、除霊するだのなんやのすったもんだがあって。バッドエンド」

〔松〕「済みません話が見えない。男がニート侍(浪人)って事だけは分かりました」

〔仏〕「お前が説明をかすからだよ」

 苦笑いする仏像に向かって、松尾は棒読みで『怖ーい』と返した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※牡丹灯籠の説明部分は、怪談牡丹灯籠 三遊亭円朝著(青空文庫版)を参考にいたしました。https://www.aozora.gr.jp/cards/000989/card2577.html

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