第3話 確信犯

〈火曜日放課後 横浜駅中央改札〉


 プロレス同好会の部活後に天河てんがと合流したえさ

 二人が横浜駅の中央改札に到着した時には、すでに退勤ラッシュが始まっていた。

「パンダ君。こんなに人が多い所で待ち合わせなんてしないで、直接帰った方がむしろ安全だと思う」

「やっぱり天河てんが君もそう思うよね。よりにもよってこんなターミナル駅で待ち合わせって、その方が危ないよ。だけどエロカナの母親が聞く耳を持たない人で。まさに、あの親にしてあの子あり」

「一緒に朝通学するだけで義理は果たしたって事ではダメなのかな」

 見た目年齢四十代とその息子ぐらいの二人は、獅子舞ししまいの実写版にしてシーサー似の女子高生・江戸加奈えどかなを待つ。


「マジ待たせたわ。彦龍ひこりゅうもありがと」

「龍彦です」

 ブルドーザーのように人波を押しのける勢いで走って来た加奈が、はあはあと息を切らしながらひざに手をつく。

「加奈先輩、その乳バンドはいい加減に新調した方が良くないですか」

 夏服に衣替えして薄手のシャツになった加奈は、両胸の谷間を改めて自分で確認した。


「やっぱハミ肉目立つ? パンダ、そこのデパートの優待券ゆうたいけんを持っているよな。二枚ぐらい買って。Gカップでヨロ」

「加奈先輩に使う優待券は無い。乳バンドぐらい親に買ってもらえば」

「だって親が買うとダサいのしか選ばないんだよ。そもそもFカップを買った所で、すぐきつくなるだろうしお値段はお高めだし。Gカップにするともっと高いし」

 二人が大声で言い合いをしている中、天河が顔を赤らめてうつむいた。

 

「もしかして彦龍ひこりゅうってこの手の話苦手」

「そのアングルは反則っ。わざとやってるでしょ」

 加奈がしゃがみ込んで天河の顔を覗き込むと、天河てんがは近くのディスプレイのハンドバッグさながらに首筋を赤らめた。


「天河君。こんな変態で良かったら、僕の代わりに一緒に下校してやってくれると僕がとっても助かるんだけど」

「あの、加奈さん。横浜駅待ち合わせは人が多すぎて逆に危ないと思います。毎日とは行きませんが、必要な時には学校の最寄りまで迎えに行きますから」

「それは困るって。学校の知り合いに彦龍ひこりゅうが彼氏だと思われてもちょっと」

 顔を真っ赤にしたまま頭を下げた天河に、加奈はぎょっとした顔を隠そうともしない。


「それもそうっすね。ではとりあえず、ここでパンダ君の代わりにお待ちしますから。僕の連絡先を教えるので、都合が悪い時は遠慮なくおっしゃって下さい」

「よっしゃー。これで時間の無駄遣むだづかいから解放されるっ」

 その言葉に、加奈の獅子舞顔が般若はんにゃ顔に変わった。


「だから、パンダは勉強机に発情してろって言ったろ。うちは今後のスケジュールについて今から彦龍と打ち合わせすっから。彦龍、今日ウチを家まで送ってくれる」

「午後八時半までに自宅に戻りたいっす。それから、彦龍じゃなくて龍彦だから」

「OK交渉成立。じゃな、くされパンダ」

 天河の腕にしがみつくように腕をからめた加奈は、餌に後ろ手で手を振ると西口方面へと戻っていった。



 ちょうどその頃。

 無言で自宅の玄関を開けたシャモは無言で台所脇を通った。

「何だよ漢太かんた、帰って来たのかい。一声掛けりゃ良いじゃないか幽霊じゃあるまいし」

 日高昆布ひだかこんぶを手に持ったシャモの母が、いつもの調子でシャモに声をかける。

 シャモは力なくうなずくと、無言で自室に続く階段を登って行った。


「何じゃありゃ。あの口から生まれてきたような男がどうしたってんだ。調子狂うね」

 首をひねりながら日高昆布ひだかこんぶを水に漬けたシャモの母は、HDLの情報番組にチャンネルを合わせた。



〔TV〕『続きましては街のうまいもの探検隊のコーナーです。モットーさーん、よろしくお願いしまーす』

〔TV〕『ハイ、モットーでーす! 本日は器用軒きようけん本店におじゃましております。たくさんの種類のおべんとうが並んでいます。こちらでは本店限定に期間限定のおべんとうがありまして、器用軒きようけんファンの皆さまがこうやって列をなしていますね。まさに鈴なり! あ、こんにちはちょっと良いですか』


〔TV〕『「おべんとう・芒種ぼうしゅ」と「横浜シースターズ必勝弁当」に「横浜マーリンズハットトリック御膳ごぜん」を狙っておいでになったと。え、わざわざ佐賀の武雄たけおから。奇遇きぐうですね、こちらのカメラマンは生まれも育ちも柿生かきおなんですよ』

柿生かきお武雄たけお、『お』しか合っとらん。アホか」

 シャモの母は、テレビに突っ込みを入れながらさやえんどうの筋を取る。


〔TV〕『こちらのお母さまは佐賀の嬉野うれしのから。へえ私モットーはあざみ野の出身なんです。私の苗字みょうじ化野あだしのだけに。あざみ野をご存じない。あざみ野はその昔』

「あざみ野と化野あだしのを何で掛けようとした。あざみ野で話をふくらませてどうする。だからあんたは何年経ってもそのポジションから脱出できないんだわ。それにしても、化野あだしのさんねえ。五年目にしてあんたの苗字みょうじを初めて知ったわ」

 典型的な地方ベテラン中年男タレントに突っ込みをひとしきり入れると、シャモの母はさやえんどうの筋を取る手を止めた。


「そうかもう芒種ぼうしゅ(※)か。店先の着物もいい加減夏物に変えなけりゃ。ほおずき柄の帯でもかざるとするか。おーい漢太ーっ、小遣こづかいやるから店手伝えーっ」

 シャモの母は、二階に向かってが鳴り声をあげた。

「ん、無反応。あのバカ真昼間から変な動画見てんじゃないだろうね。おい漢太っ。店の手伝いしろってんだ。聞こえてんだろ。返事しないとふすま開けんぞ」


「ごめんくださいませ」

 シャモ母が二階へ上がろうとした瞬間、【和装とおしゃれ小物の店 新香町美濃屋しんこちょうみのや】に半世紀以上前の北軽井沢きたかるいざわからやってきたかのような一人の貴婦人が現れた。


芒種ぼうしゅ二十四節季にじゅうしせっきの一つ。太陽暦の六月六日頃。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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