終着駅はハロウィンで

アイスクリーム戦線

第13話 相須恵

 グラウンドを揺らす活気と廊下を伝う静寂が懐かしささえ思い出させる放課後、俺は良い思い出のない扉の前に立っている。 

 大翔だいしょう高校の別棟二階空き教室。

 アイスクリーム戦線と呼ばれる謎団体の総本山とされるこの場の門を叩こうとしているのも昨日の強引な約束があってのことだ。


「約束か……一体何をされるのやら……」


 普通の高校デビューには濃すぎたスタートダッシュを乗り越えた訳だが、予期せぬままに起きたそれらとは違い今回は絶対に何か起こってしまうだろうという確信の下待機を迫られているので緊張感も段違いだ。


「えっと。こここんにちは尾花さん。なな中に、お入りください」


 外の独り言が聞こえたのか中から見知った三つ編み眼鏡の女子生徒、古都子常ことことこが顔を見せる。

 オドオドと怯えたようにも見える彼女は俺を昨日は侵入の叶わなかった教室の中へといざなう。

 怯えたいのはどちらかと言えばこちらのほうなのだが。


「やぁ君が尾花優也おはなゆうや君だね。話は相須あいすから聞いているよ。僕はここアイスクリーム戦線の副隊長をやらせてもらっている三年の沖田誠司おきたせいじだ。よろしく」


 窓越しの逆光に照らされながら仁王立ちしている目の前の先輩からの挨拶を受ける。

 好青年。そんな言葉の似合う爽やかな男子生徒。

 なるほど彼が【インテリキラー】か。


「まぁ立ち話もなんだろう。まずは座ってくれ」


「ありがとうございます。」


 言われるがままに『尾花優也用』と張り紙の張られた先輩の正面に位置する席に座る。

 準備はありがたいがこれは流石に恥ずかしい。


「察しているとは思うが相須は用事で今はいなくてな、すまない。彼女からだいたい要件は聞いているから代わりに俺から話をさせてもらってもいいだろうか」


「もちろん大丈夫ですよ」


 6時間目終了のチャイムと共に教室を離れ、別棟とは逆方向の体育館方面に向かっていく姿で何となくわかっていたが俺をこの場に誘い出した張本人はいないらしい。

 彼女の姿は見えなくとももう見飽きた白色の鉄箱が置かれていることが確認できたためここが彼女の住処ということは間違いない。


「では、単刀直入に。君は何故ここに呼び出されたと考えている?」


「えっと……正直なにがなにやら。事情があって今週の月曜日から登校してきたんで相須さんと知り合ったのもその日です。目を付けられる理由は……分からないです」


 口にしたくはなかったので姫×花の件を考慮せずに答える。

 あれに関してはほとんど被害者と言って差し支えないだろうからそれが理由とは考えたくない、掘り返したくない。


「だろうな。すまない意地悪な質問だった、許してくれ。最近面接練習なんかでいろ

いろ溜まっていてな」

 

 先程の質問に憂さ晴らしが含まれていることが判明した。


「さっそく本題だが。君にアイスクリーム戦線の一員となってほしい」


「いちよう理由を聞いても……」


 勧誘されることを一切予想してなかったわけではないがそれこそ心当たりがない。

 俺を勧誘しようと打診したのは間違いなく相須恵だろうが、彼女と俺の間の接点なんてせいぜい数回アイスを頂いた程度だ。

 

「まぁ気になるよな。正直詳しい理由は彼女本人から聞くべきだと思うが、前提的な部分だけでいうと君が今月からこの学校に来ていることが理由だ」


「それが理由ですか……?」


「ちゃんと言うなら君が今月以前、もっと言えば一学期の前半に学校にいなかったということが理由だな。アイスクリーム戦線のメンバーは全員何かしらの理由でその時期に学校にいなかったり、いてもクラスに顔を出していなかったりという訳ありのメンバーなんだ」


 理由を説明されてもピンとは来ない。

 この疑問を解決するには名前を聞いた時からの謎を知る必要がある。


「アイスクリーム戦線とは何をしている団体なんですか? 俺を含めてそういった条件下の人を集めているのには理由があるんですか」


 この謎しかない団体が偶然ではなく決まった条件の下集まった人員によって形成されているとしたら、それ相応の理由もあるはずだ。


「浮かんで当然の疑問だな。君の質問に素直に答えるとアイスクリーム戦線とは相須恵を知るための組織だ」


「相須さんを、知るための組織?」


 言葉尻だけ捉えると何ともヤバすぎる香り漂う組織方針だが、目の前の彼の顔は冗談だったりふざけている雰囲気はない。どちらかといえば深刻そのもので彼の隣を座る女子生徒もここまでの空気に徹するという振る舞いから外れて同調の意を示しているように感じ取れる。

 俺はこの雰囲気と似た表情を知っていた。


「君も気づいたかもしれないがアイスクリーム戦線とは相須恵が創り決起した組織だ。俺も常も、ここにいない他のメンバーも彼女に声をかけられてここにいる」


 相須さんが相須さんを知るために創った組織。それがアイスクリーム戦線だと知らされた俺はその言葉の違和感に眉をひそめる。

 しかし先輩は俺に反論をさせぬまま続ける。


「彼女が俺たちに声をかけた理由は俺たちに共通する特徴があったからだ。全員何かしらの理由で学校と距離を取っていたという共通点とは違う、同じ特徴が」


 お前もそれに含まれているから呼ばれたと、そう俺への答えを提示するように先輩は語る。

 

「難しい説明は相須本人から聞くべきだと思うから結論から言う……」


 ほんの一瞬に満たない静寂を切り捨て先輩は言った。


「君が聞いた相須恵は、君が見る相須恵ではない」


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12月のアイスクリーム あざとアイス @saya123456

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