第26話 魔女狩り-⑤
「ぁ、待ってください」
ふらっと、足を向けた先は、ゼルシアの家族のもと。
彼らはゼルシアによって、
水がかからないように彼女自身が制御したから、そこだけ、被害を受けていない。
「……あなた」
ゼルシアはおずおずと、夫に声をかける。
「く、来るなッ」
愛する夫から返ってきた反応は、拒絶だった。
ゼルシアの足が、地面に張り付けられたように止まった。
「ずっと、ずっとオレたちのことを、だましていたのか!信じていたのに、だれがなんて言おうと、お前は魔女なんかじゃないって、信じていたのに。全部嘘だったのか」
夫はゼルシアの姿を見て、もっと昔から魔女だったと思い込んだらしい。
無理もないが。二人の息子も同じ考えらしく、険しい顔で母親をにらみつけている。
「ち、違う……」
やっとそういった、ゼルシアだが、言葉が続かない。
どんな言い訳も、役に立たないと気づいたのだ。
魔女になった以上、もう、彼らとの平和な家庭生活が戻ることはない。
ゼルシアは、立ちつくすしかなかった。
「ママッ」
そのとき、三人の後ろから、彼女のもとに駆け寄ろうとする影があった。
「マーシャ、そっちに言ったらダメだ」
マーシャ、と呼ばれた少女は、先ほど刑場の外で泣き叫んでいた、ゼルシアの娘だった。
父親に腕を引っ張られて、引き戻される。
「いやだ。ママのところに行くのッ。ママを悪いヤツから助けなきゃッ」
「マーシャ、お前のママは魔女だったんだ。悪いのは、あいつだったんだ。近づいちゃだめだ」
「違うようッ。悪いヤツに操られてるんだよ。パパたちには、見えないの?ほら、ママのすぐ後ろにいるじゃない!」
おや。
隠密魔法を見破れるものはいないと思ったが、この少女には、自分のことが見えているらしい。
明らかにこちらを指さしている。
面倒なことになりそうだ。早めに立ち去った方がいいだろう。
「ゼルシア、もういいだろう。行くぞ」
「……お願いです。ターリ様、もう少しだけ」
俺に急かされたゼルシアが動いた。
家族たちの方へ。
「く、来るな」
夫が家族を抱えて、逃げようとするが、後ずさりするのがやっとだ。
拷問で受けた傷が響いているのだ。
家族の側に寄ったゼルシアは、家族全員を抱き寄せると、ぽそりと、詠唱を始める。
「ゼルシア、それをやると、きみの寿命が縮むぞ」
念の為、忠告するが、ゼルシアにためらいは見られなかった。
ほのかな燐光が、彼らを包む。たちまち、彼らの傷を癒やした。
高度な治癒魔法。代わりに、術者の寿命を縮める。
たちまち健康な身体に戻ったことに困惑する家族たち。
彼らの傷が癒えたこと確かめると、ゼルシアは立ち上がった。
「さようなら……」
それだけ、ようやく告げると、きびすを返して、もう二度と家族の方を見なかった。
ゼルシアが空を飛べないので(魔女は空を飛べると信じられているが、これはデマだ)、歩いて街から出ることになった。
ゼルシアはすすり泣き続け、シーミアはそれになんと声をかけたものか、オロオロするばかり。
一行は無言の行進となった。
死人こそ出なかったが、街そのものは死人のごとく静まりかえっている。
人々が息を潜めて、厄災が過ぎるのを待っているのだ。
もう、ゼルシアに何かしようなど、考える者はいなかった。
遠くから、ただおびえた眼差しで、魔女を見ているだけ。
ゼルシアが破壊した街の惨状が見聞できる。
水に浸食され、あらゆる物や、人が流されて、めちゃくちゃなものだった。
きらりと、光る物が見えるので、注意を向けると、教会から流されたのだろう、リトラの聖像が地面に投げ出されていた。
全知全能とあがめられる女神の顔が、半分泥につかり、地面に伏していた。
「さて、ゼルシア、約束どおり、俺はきみに力を与えた。今度はきみが約束を果たす番だ」
「……なにをすればいいのでしょうか」
街を離れ、人里離れた小高い丘のてっぺんに登った。
「どこでもいい、旅をして、街から街を渡り歩け。その土地で魔女狩りが行われていれば、見つけ次第、潰すんだ。魔女狩りがなくなるまで、これを繰り返せ。魔女狩りが無意味だったと、教会が認めるその日までな」
この司令を受け、悲しみと空虚に満ちていたゼルシアの眼差しに、また怪しげな光が蘇った。
すべてを失った彼女は、これからの人生を、リトラ教会への復讐に捧げることになるだろう。
「これは
魔女の杖を、ゼルシアに渡す。
魔法を使う補助になるので、魔女や魔法使いが愛用するのだ。
「さあ、行け。武運を祈る」
「はい」
「……他に、方法はなかったのでしょうか」
立ち去るゼルシアの背中を見ながら、シーミアが聞くともなしに呟いた。
「というと?」
「ゼルシアを魔女にする以外、なにかいい手はなかったのでしょうか」
「ゼルシアの一家を助けて、彼らは平和な生活を取り戻し、街の連中は改心して、リトラ教会の面子がつぶれ、なおかつ、俺が得をする方法か?なかったね。そんな都合の良い方法は」
「ゼルシアを魔女にせずとも、私なら容易に彼らを助けられましたよ」
それはそうだろう。
魔女より、それを生み出す魔族の方が、遙かに力が強い。
「魔族によって助けられて、ゼルシアの夫はなんと考える。結局同じだ。『妻は魔族とつながっていた。つまりは妻は魔女だ』、とね」
「……」
「それに、それじゃあ、俺になんのメリットもない。今回の狙いは、魔女狩りが無意味だと証明して、リトラ教会の信用を落とすことだ。だから、魔族ではなく、魔女によって魔女狩りが潰されないと意味がない」
「メリットなら、あったかもしれませんよ」
「うん?」
「ゼルシアの娘さん、魔力持ちでしたよ。あの歳で私たちの隠密魔法を見破れるんです。恩を売っておけば、もしかしたら」
「強くなって恩返しをしてくれるかもって?虫のいい話だ。強さにしても、魔女にしたゼルシアの力を超えられるかも怪しい。運良く、強くなって、俺たちに感謝したとしよう。
でもね、恩、というのは、必要なときに返ってこないものだ」
かつて、俺が大恩を受けた主人であり、絶対強者であった魔王ミケーニアが死んだとき、自分はそばにいなかった。
「さあ、そんなことより、次の街に向かうぞ。ゼルシアが北に向かったから、俺たちは南を探そう。この調子で何人か魔女を生み出せば、この国は本当の意味で大混乱になる」
史上最悪の魔王、不殺の誓いを立てる 厚川夢知 @7024nisshir
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