第25話 魔女狩り-④
数秒後、轟音とともに、大量の水が上空に向かった這い上がり始めた。
ゼルシアが向いていたのは、近くを流れる大きな川だった。
川の水を彼女は吸い上げていたのだ。
水をあらかた吸い尽くし、それが教会の真上に、たまっている。
街一つ覆い尽くしそうな量に膨れ上がった、巨大な水風船ができあがる。
「恐ろしい力……、これだけのことができるなんて、ターリ様の魔女ってこれほどなの……?」
シーミアが、呆然と呟いた。役目を忘れ、完全に見物客になっている。
これを真下に落とせば、何が起こるか、想像できないものはいない。
下では、人々の避難は少しも終わっていない。
だが、ゼルシアは、少しも躊躇しなかった。
水風船の真下に、穴があき、滝のように勢いづいた水が、教会を襲う。
悪いことに、教会の天井はステンドグラスでできているから、上からの攻撃には全く耐久できなかった。
ステンドグラスが無残に砕ける音は、水流が発する大音量に一瞬でのみ込まれた。
教会の内部は、余すことなく、水に犯され、グチャグチャになる。
割れたステンドグラス、礼拝の祭壇、机、イス、あらゆる物が水にながされ、教会から飛び出してくる。
物と一緒に避難した僧侶も流されてきた。
水の勢いは止まらずに、民衆に襲いかかった。
飲み込まれた民衆は、口々に悲鳴を上げながら恐ろしい水圧に為す術もなく、もみくちゃにされながら流された。
幸いだったのは、水風船の水が、まもなく尽きたことだ。
水の供給が止まった所で、流された人たちも溺れ死ぬ前に、地面に投げ出された。
だが、惨劇がもたらした結果は甚大だった。
教会はもちろん、街の多くの建物も床上浸水して洪水にあったように水浸しである。
人が、流された先で呻いているのが、あちこちで聞こえてくる。
ゼルシアが意図してやったかはわからないが、幸い死人は出ていない。
復旧にどれだけ掛かるだろう。
そんなことを考えながら、ゼルシアの方を向くと、まだ気が済まないらしく、一人の僧兵を捕まえて、拷問を加えている最中だった。
何の恨みがあるのか知らないが、この僧兵にだけ、執拗に傷つけている。
水で作り出した刃を使って、胴体、四肢、頭に無数の切り傷を与えていく。
「離せ、離せ!この魔女め、あばずれめ、止めないと今に、リトラが貴様を……コボォっ」
僧兵は立場もわきまえずに怒鳴り散らしていたが、それも不自然に途絶えた、喉が切られたからだ。
僧兵を黙らせてからも、黙々と拷問を続けるゼルシア。
「ゼ、ゼルシア、そのくらいに……」
シーミアが鬼気に飲まれながらも、制止しようとする。
「止めてやるな」
シーミアに肩をつかんだ。
ここに来るまで、ゼルシアの身に何があったのかは知らないが、想像することはできる。
あの僧兵が、ゼルシアを拷問した張本人だったのだろう。
ボロボロにされ、人としての尊厳を奪われてもなお、リトラを信じ、楽になる道を選ばず、自分は無実だと訴えつづけるゼルシア。
僧兵は焦れる。
どうやら肉体的に痛めつけても時間の無駄だと認める。
そこで代わりの手を考える。
夫や子供をエサにして自白を引きだそう、と。
具体的な方法は、これまた想像するしかない。
連れてきて、彼女の前で拷問したのかもしれない。
ゼルシアは泣いて、止めてくれと頼むだろう。
僧兵は止める代わりに、魔女であることを『正直に』告白しろと迫る。
ゼルシアは受け入れる。僧兵の言うとおりに、すべてを『認めた』。
ゼルシアは約束を守ったが、彼女たちのすべてを握っていると錯覚した僧兵は、約束を守らなかった。
ゼルシアに抗議する方法はない。
家族共々、魔女の一家にされ、今に至る。
全部想像に過ぎないが、大体こんなところだろう。
でなければ、この僧兵にだけ、異様な憎悪を向けるゼルシアの態度に、説明がつかない。
みるみる内に、血だらけの肉塊ができあがった。
ゼルシアの手が一瞬だけ止まった。
それが何を意味するか悟り、ついに動くことにした。
「待て、ゼルシア。殺しちゃいかん」
ゼルシアの手首をつかんで止める。
「五〇〇年前、俺は人を殺さないと誓いを立てた。きみも、俺の手下なんだから、そいつの命だけは取るな」
荒い息を吐きながらゼルシアはなおも、僧兵を睨んでいたが、どうにか、気持ちを落ち着けーー、
腕を切り落とした。もう二度と、愛する人を傷つけることが出来ないように。
「グブゥ」
僧兵が血の混じったうめきをあげ、それを最後に気を失った。
「気が済んだかい?終わったなら、ついてくるんだ」
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