第24話 魔女狩り-③
魔女は、魔族に魂を売って、代償として絶大な魔力を手にする。魂とは、結局、心臓だ。
腕を伸ばし、ゼルシアの胸を貫き、心臓をわしづかみにし、むしり取る。ゼルシアが苦しみにもがくが、無視して心臓があった場所に大量の魔力を注ぎ込む。
この大量の魔力は結晶化し、心臓の代わりの役目をはたす。
魔力が固まったことを確認し、体から切り離された心臓は丸吞みにする。
「儀式は終わりだ。存分に力を振るうといい」
最初の変化は、ゼルシア自身ではなく、彼女の足下で起きた。
足下では、点火された炎が、今にも彼女をのみ込もうとしていた。
それが突然、大量の水をかけられた様に、大きな蒸発音を立てると、たちまち消えてしまった。
「なんだこれは!」
慌てふためく周囲。彼らが驚いている間にも、変化が次々と訪れる。
ゼルシアだけでなく、彼女の家族達の足下に着いた火も、同じように消えていく。
不可思議な現象に首を困惑しながらも、なお消えた火をもう一度つけようと近づいた僧兵がいた。
彼は地面のぬかるみに足を突っ込んで、バランスを崩した。
気づけば、乾いていたはずの大地が水びだしになっている。
火が消えた時、水にかけられた様に、と表現したが、事実、何もないところから水が現れたのだ。
「なに!?」
民衆も異変に気がついた。
ぬかるみが、面積を急速に広げ、民衆の足下にまで達したからだ。
お祭り騒ぎの高揚感は消え失せ、逃げだそうとする者が続出するが、水分を大量に含んだ土に足を取られ、一向に進めない。
民衆がもがくから、地面から水しぶきが上がる。
いや、水しぶきに見えたそれは、いつまで経っても地面に落ちず、空中にとどまっている。
しぶきは、他のしぶきと引かれあうように、くっついていき、大きな水玉に成長し、飛び回りはじめた。
民衆の持つ、松明、ランプが水玉に襲われ、またたく間に、明かりという明かりがなくなった。
辺り一帯が闇に包まれ、これがパニックを決定づける。
悲鳴があちこちであがり、我を失った民衆が、逃げ道を求め、闇をかき分け、無理矢理前に進もうとする。
転倒する者が続出し、阿鼻叫喚の嵐となった。
「火だ、早く火をつけろ」
誰かが叫んで、魔法で火をつける者が出てくる。
暗闇にゼルシアの顔が照らし出される。
拘束の縄は、すでにほどけ、目を覆うばかりだった怪我も少し目を離した間に治癒してしまっている。
自由の身になったゼルシアが、まだ自分の変化に追いつけない様子で、呆然と自分の身体を呆然と見下ろしている。
「魔女だ、魔女のしわざだ、魔女が本性を現したんだ!早く殺せ!」
先ほど長広舌を振るった太っちょの僧侶が叫ぶと、何人かの僧兵が、槍を携え、ゼルシアの方に向かっていく。
呆れたことに、僧侶の武器といえる、聖なる秘術を使える者がいないらしい。
槍に呪文が施されているが、それだけだ。
いまのゼルシアの敵ではない。
我に返ったゼルシアの目に怪しげな光がともる。
それは見慣れたものだった。殺意だ。
「殺すなよ、ゼルシア」
聞こえているか知らないが、命令しておく。
いざとなったら止めに入ろう。
魔女として生まれ変わった彼女は、何の修行も必要なく、魔法を使うことができる。
誰かに手解きを受けながらするように、ぎこちなく、しかし確信を持った動きで、手を前にかざす。
ゼルシアの周りに、水玉とは違った、ヘビのような細長い水の塊が湧き上がる。
僧兵の槍が彼女に届くことはなかった。
圧縮された水が、刃となり、槍の柄を切り裂いてしまった。
それで終わらない。
刃から水玉に変形した塊は、僧兵たちの顔にへばりついた。
もがもがと苦しむ声が響く。
口や鼻から水が体内に侵入し、肺や胃に入り込んで暴れ回っているらしい。
彼らは身体を抱えて、倒れ込んでしまった。
「お、お助けー」
敗北を悟った僧侶が威厳もかなぐり捨て、逃げ込もうとしたのは、すぐそこにあった教会の中。
俗物に見えたがが、感心なことに、リトラへの信仰心はあるらしい。
同時に実際的な判断ともいえる。
教会は石造りで、この周囲の建物の中では、一番頑丈そうだ。
シェルターにふさわしい。
どうするのか、とゼルシアの様子を伺えば、僧侶のことは無視して、明後日の方向に手をかざしている。
「あっちは確か……、ああ、そういうことか」
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