第23話 魔女狩り-②
隠密魔法を部分的に解除して、ゼルシアにだけ、姿をさらす。
「はじめまして、ゼルシア」
この場の雰囲気に似つかわしくない、穏やかな声色を不思議に思ったのか、絶望しかない現実を締めだすため、きつく閉じられていた彼女の目が開かれ、こちらを見た。
「……だあれ?」
尋ねる声はずいぶんと弱々しい。
口の怪我もひどく、舌足らずなしゃべり方だ。
「魔王だよ。きみを魔女にしたことになっている、ね」
名乗ると、ピクンと彼女の体は痙攣し、声にならない叫びが上げた。
ここまで来て、まだなお、悪い夢を見させれれば当然だろう。
縛られているのに、身をよじって、こちらから逃げようとする。
「ま、魔王……ッ!!だ、だれかッ」
「周りに言っても無駄だよ。きみ以外に俺の姿は見えていない」
周囲に助けを求めそうだったので、釘をさしておく。
「なあ、ゼルシア、提案がある。きみ、魔女にならないか?」
「なんですって?」
ゼルシアの目が見開かれる。
「助かりたいんだろう。一つ取引といこう。俺のために働くと、きみが誓うなら、この場を切り抜ける力をやろう。本物の魔女の力だ。ここにいる全員、簡単に蹴散らせる」
「いやよッ!誰があなたとなんて。私だってリトラ教徒よ」
「そうは言うが、きみはすでに俺と取引をしたと、そう周囲が言っているんだ。なら、本当に取引しても同じじゃないか」
「あなたのせいでしょう。あなたが皆をだまして、私たちをこんな目に」
どうやら、ゼルシアはこの悲劇を、俺が起こしていると思ったらしい。
まあ、魔王が目の前にいたら、そう考えるのも無理はない。
「それは濡れ衣だ。彼らが勝手に勘違いをしているだけだよ」
「嘘よ……」
力なく俺の言うことを否定するゼルシア。
「別に信じなくてもいい。それで、どうするんだ。提案を受け入れるかい」
「イヤだって言ってるでしょう」
「そうか。でも、いいのかい?」
そこまで言ったとき、話を聞いていたかのような、丁度良いタイミングで、大量の薪を抱えた僧兵達が、ゼルシアたちの足下に薪を敷き詰めだした。
罪人を火にくべて、殺す準備をしているのだ。
自分の置かれた状況を思い出したゼルシアの顔が、死の恐怖にゆがむ。
「このままだと、きみや、きみの家族は焼け死ぬ。リトラ教の教えでは、火にあぶられ、体を失った者は、天国に行けないことになっていなかったか?」
火刑がリトラ教で最も重い死刑の方法である理由だ。
「それは……」
ゼルシアが言葉に詰まる。
心が揺らいでいるのだ。
魔王である自分と取引をすれば、女神リトラの怒りを買って、地獄行きは確実。
だが、このままでも火に焼かれ、魔女の汚名を着せられ、僧侶はどうぞこの女を地獄に落として下さいと、リトラに囁くだろう。
「パパ、ママ、お兄ちゃんッ!」
空気を切り裂くような叫び声。
声の方を見れば、五歳程度の娘が取り押さえられ、泣きわめいている。
「いやあ、離して、離してよ!ママ達をイジめないでッ!!」
必死にもがいて、こちらに来ようとするが、大人たちの力で、どうにも動けない。
「きみの娘か?」
「や、やめて娘は関係ない」
どうやら俺が娘に何かする気だと思ったらしい。
「俺は手を出さないさ。でも、あの連中はどうかな」
大泣きする子供に、なんの同情も見せない連中を指さしながら言った。
「いずれ、あの娘も大きくなる。大きくなれば、今のきみたちのように、拷問され殺される。魔女の娘だ。生かしておく理由がない」
「……」
なんとか言い返そうと、ワナワナと震える唇が、彼女の動揺を示しているようだ。
自分一人の命なら、魔王からの誘いなど、彼女は拒絶できたかもしれない。
だが、俺は夫の命と、子供の命を人質に取っているようなものだ。
彼女が選べる選択肢など、最初から一つしかない。
それでも、彼女はグズグズと黙り込んで、時間を引き延ばそうとする。
そうしている内に、リトラが現れてこの魔王を追い払ってくれる、わずかな可能性にかけているのかもしれない。
しかし、時間稼ぎも、すぐに終わりを迎えた。
僧侶の長々しい演説に、終わりが見えてきた。
「ゼルシア、もう時間がないぞ。よく考えろ。このままじゃ、きみも、きみの家族も、焼かれて、墓にも入れられずに、大地に捨てられることになる。まだ、リトラに義理立てする気か」
「……ッ」
極限の選択を迫られたゼルシアの瞳が、グラグラとあちこちに震え回る。
家族の命と、信仰心が、天秤にかけられ、しきりに揺れ動いている、そんな風に見えた。
「……」
がくん、とゼルシアの頭が垂れた。
ついに決心したか、と思ったが、そのまま何も言葉を発さなくなってしまった。
いや、口元を見ると、何かしゃべっている様に見える。
「たすけてください、リトラさま……」
耳を澄ましてみれば、なんてことはない。
それは祈りだった。
「あ、悪魔が目の前に……。私を誘惑します。このままじゃ私は……助けてください」
痛々しい光景といえた。これを聞いたシーミアは我慢しきれず顔を背けている。
「どうして、どおして助けてくれないのですか、わたしは今日まで、心からあなたを信じて生きてきました。助けて下さい……助けて下さい……どうか……」
現実から目を背け、自力で何とかする気力を失った人間が至る、逃避。
なんてーー、無意味な行為だろう。腹が立つ。
「ゼルシア」
呼びかけても、もう反応しない。
仕方ないので、顎をつかんで、顔を上げさせる。
「あんなのにッ、すがっても無駄だ」
そのまま力任せに彼女の顔を家族の方へ向かせた。
「選ぶんだ。何とかするのは、役立たずの女神様じゃない、お前なんだ。このまま家族共々焼け死ぬか、俺に魂を売って魔女になるか、お前には、この二つしかないんだ」
そのとき、まるで、俺の言葉に呼応するように、群衆が興奮の雄叫びを上げた。
いよいよ、そのときが来たのだ。
処刑の瞬間だ。
「汚れた魂に、リトラの救済あれ」
勝ち誇った顔で僧侶がいう。
僧兵達が手に持った火を、薪に近づけていく。
「ーーなりますーー」
悲壮なつぶやきが、一粒の涙と共にこぼれた。
「魔女になりますッ。なんでもしますから!助けてください!わたしに、力をくださいッ!!」
悲鳴に近い叫びとともに、ゼルシアはいった。
「わかった」
契約成立だ。
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