第13話 虹のステージ
唐突に店内の照明が落とされ、あたりは薄暗くなる。あたしは不安と期待が入り混じった気持ちになり、思わずそばに立っている水野先生の腕をつかんだ。
先生は今どんな気持ちなの? 得能くんたちのライブが上手くいくか心配? それとも楽しもうと思っているのかな。
人々のざわめきが徐々におさまり、みんなの目がステージに向けられる。
ボーカルの独唱が突然響いた。
とても伸びのある、そして力強い声が、あたしの耳を通り過ぎて心の奥にまで真っ直ぐに飛び込んでくる。
ああ、これが得能くんの歌声なのね。
声の止まったタイミングに合わせて、楽器が一斉に演奏を始めた。
ライブの始まりだ。曲に連動するように、あたしの胸の鼓動が高まる。
ミラーボールに反射されたライトが、会場のすみずみまで虹色の光を満たした。スポットライトがステージに向けられ、バンドメンバーを照らす。
スピーカーからの音量は予想以上に大きくて、ライブを初めて体験するあたしには驚きの連続だ。
そんな大音量にも負けないくらいの大声で、声援を送っている女子の集団がいる。
友達? それともだれかのファン?
「今日はオーバー・ザ・レインボウの初ソロライブに来てくれてありがとう! おれたち、全力で演奏するから、みんなも最後まで楽しんでってくれよ!」
得能くんは自信たっぷりの元気のいいМCに続けて、次の曲を歌い始める。アップテンポでノリのいいリズムに、あたしの指が同じように動き始めた。
あっ、そんな軽い態度じゃいけない。だって得能くんやワタルさんたちは、このステージを成功させようと真剣に演奏しているんだよ。彼らが全身全霊で演奏しているのに、いいかげんな聴き方をしちゃいけない。
そんな考えが脳裏をよぎった途端、あたしは自然と身構える。するとそばにいた水野先生があたしの変化に気づき、大音量の中でこっそり教えてくれた。
「肩に力入れなくていいんだぜ。リラックスして素直に楽しめよ。その方が哲哉たちも緊張せず、普段の演奏ができるんだからさ」
「本当? あたしも……楽しんでいいんですね?」
水野先生はウインクして親指を立てる。
あたしは大きく深呼吸をし、肩をぐるぐる回した。うん、準備OK。
もう一度ステージに目を向けると、中央でマイクスタンドの前に立っている得能くんがいた。ステージ衣装はジーンズにTシャツといったラフなものなのに、どうしてあんなに輝いているんだろう。
初めて得能くんの歌声を聴いたけど、カラオケが上手ってレベルじゃない。素人離れした声に全身が痺れる。
きっと受験勉強をしながら、本格的にボイストレーニングを受けているのね。頑張って両立させているというのは、単なる言葉の綾じゃなかった。
いい加減な気持ちじゃなく、本気で取り組んでいるのがよくわかるよ。
得能くんのすぐ隣でギターを弾いているのは、ワタルさんだ。
ちょっぴり緊張している得能くんとは対照的に、本当に楽しそうに演奏している。
ワタルさんと目があったような気がしたと思ったら、すかさずウィンクが飛んできた。
やだ、なんでだろう。急にドキドキしてきたじゃない。
と思ったら、すぐうしろにいた二、三人の女子が、キャーって歓声を上げた。なんだ、勘ちがいか。ウィンクはあたしに向けたものではなかったようだ。
そうだよね。さっき知り合ったばかりだもの。
ちょっぴり寂しい気もするけど、仕方ないよね。
ライブが進むにつれて、得能くんたちが実力のあるバンドなのは、素人のあたしにもよくわかった。
ロックはもちろん、楽器の演奏なんて難しいことはわからない。でも学園祭なんかで聴く演奏とちがって、失敗しませんように、なんて不安は浮かんでこない。
聴いていて安心できるし、何より心から楽しめる。それはある程度以上の実力があるからだと思う。
でもそんな評価なんて必要ない。オーバー・ザ・レインボウのライブに理屈も解説もいらない。力強く、情熱が真っ直ぐに伝わる。
――おれもステージからみんなに夢と感動を届けたい。音楽を通して、あのときの感動をひとりでも多くの人に伝えたい。
得能くんの言葉が、あたしの脳裏によみがえった。
わかるよ。得能くんが初めて見たステージがどんなに感動的だったか。そのときに何を感じ、何に心を動かされたか。
その躍動感だね。夢に向かって進もうとする力強さだね。
アマチュアらしい衣装や照明だけど、そんなことは問題ではない。そこにあるのは初々しさと何にも負けないパワーだ。
――ステージからみんなに夢と感動を届けたい。
これは、彼らオーバー・ザ・レインボウがあたしたちに届けてくれる、夢のひとときだ。
得能くんたちは、自分の夢と目標に向かって第一歩を踏み出す。
虹のステージから歌を通して夢と情熱を語りかける。彼らはオーバー・ザ・レインボウの名の通り、虹の彼方から舞いおりた夢追い人たち。
ライブから、一瞬たりとも目が離せない。瞬きする時間も惜しいくらいだ。
力強く、それでいて優しいステージに、あたしは最初から最後まで惹きつけられた。眩しくきらめく、輝ける未来のスターたち。その姿に、目を奪われていた。
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