第31話 安芸ともっと触れ合いたい
年の瀬も迫った今日、一歩家の外に出ると凍えるような寒さだった。
雪が降っているわけでもないのに町が白くなったようなこの感じ、正直キライじゃない。
オシャレは気温との戦いというのは、ファッション誌でよく見るプロパガンダだけど、友達と会うのにそこまで気合を入れる必要はない。防寒対策重視だ。といって、最低限は気にしてしまうあたり、私もそのプロパガンダに毒されている。
「男ってこんなやつばっかりなのかな? もう最低だよ、最低」
熱を込めて語る恵理子は、私とは違ってバッチリオシャレをしていた。
いつものメンバーでカフェに集まった私たち。もはや恒例となった恵理子のカレシの愚痴大会に耳を傾けている最中だ。
先の合コンで付き合うことになった例の年下カレシ。
あれだけ狙っていたくせに、いざ付き合い始めたら不満も出てくるらしい。
というのも、その男子はデートの最後に必ず求めてくるらしい。
どんなにいい雰囲気であっても、最後はセックスになってしまうとか。
要するに、体目当てなんじゃないかと気にしているようだ。見た目に寄らず、恵理子もなかなか繊細だ。
「でもさ、男子ってそんなもんじゃないの? 多かれ少なかれ」
「まえのカレシはそんなことなかったんだよね」
まえのカレシって、たしか年上だっけ? やっぱり年上だと、性欲にも余裕ができるんだろうか。
「キスくらいならいいけどさ~。毎回とか、マジ猿かよって感じじゃん」
「まあ、たしかに。ちょっと困るよね」
あの子、見た目はかわいい系なのにそうなんだ。
危ないところだった。もし仮に私が付き合っていたら、私が恵理子とおなじ目に遭っていたわけで。
そういうのが苦手な私は、いうならば、ババ抜きのババを引かされるところだったわけだ……というのは大げさだろうか。
――キスくらいならいいけど。
その言葉が呼び水となって、一つの場面が脳裏に浮かぶ。あのとき――。
唇を重ね合って、安芸をより近くに感じることができた。
――今日はもうおしまい。
安芸はそう言った。でも、あれ以来キスは一度もしていない。
もっとしたい。
毎日でもしたい。
そう考えてしまう私は、恵理子のカレシと同類なのだろうか。
なんていうか私らしくないと思う。
私は、もうすこしさっぱりとした性格だと思っていた。細かいことは気にしないし。
こんなことを考えるのは生産性がないと思うし、なにより無意味だ。
私が安芸に抱いている感情は、たぶん間違っている。
キスがしたいだとか、そんなことクラスメイトには普通思わないだろう。恋人じゃあるまいし、まして私たちは女同士だ。
セックスをしたいとは思わない。女同士でそんなことはあり得ない。
これもおかしなところだと思う。セックスはしたくないけどキスはしたいだなんて。なんだかちぐはぐだ。
相変わらず、安芸はキスをするまえとあととでまったく様子は変わらない。
私は、安芸とどうなりたいのか。安芸は、私とどうなりたいのか……
「話聞いてる?」
「ごめん。ちゃんと聞いてるから」
考え事をしていたら、反応が薄くなっていたらしい。
恵理子はすこし不満そうな顔をしていた。
思いのほか長い恵理子の愚痴に辟易したのか、沙希は疲れた顔をしている。もう一人は新作のケーキをやっつけている。従って、恵理子の愚痴には私一人で付き合わなければならなかった。
話を聞いていて分かったことだが、恵理子はべつにカレシと別れたいわけではないらしい。ただ愚痴を聞いてほしいだけ。助言が欲しいというわけでもなさそうだった。
やがて愚痴は終わり、宿題終わっただとか、あとで写させてとか、そんなどうでもいい話にシフトしていく。
「美玖ってさ、カレシでもできたの? 最近ときどき付き合い悪いけど」
「できてないってば。この間も言ったけど、家の用事だよ」
これはウソだ。もちろん家の用事なんてない。もともと、あの人は滅多に家に返ってこないわけだし。
勉強もしなきゃいけないし、安芸の家にも行くしで、最近は恵理子の誘いを断ることも多かった。
最近は、勉強を安芸の家でするようになったけど、万一成績が落ちたら大変だから、家でもしないとだ。
私が安芸をお母さんから逃げるための口実にしているのかは分からない。
でも、冬休み中も安芸の家に行きたいと思った。もっといっしょにいたいと思った。
この気持ちは自然なはずだ。なにもおかしくはない……
「じゃあ、明日はどう? いつものところ行こうよ」
「ごめん。明日はちょっと……」
「えーっ。もう言ったそばからじゃん」
「ごめんて。埋め合わせするからさ」
「用事なら仕方ないけど。ずいぶん忙しいんだ?」
皮肉にも聞こえるが、深い意味はないだろう。恵理子は素でこういうことを言うやつだ。
「元旦は平気でしょ? 初詣行こうよ」
「うん。それなら大丈夫」
新年一発目の予定が決まる。
そして、今年最後の予定も、すでに埋まっているのだった。
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