第30話 私と安芸と冬休み

 学校はキライではない。


 でも休日はキライだ。とくに、長期の休日は。


 お母さんとの折り合いが悪い私は、なるべく外にいたい。でも休日ともなればそうはいかない。否応なしに、私はあの重苦しい空間に囚われることとなる。


 なるべく外出するようにはしているけれど、それにも限界はある。それに、遊び呆けて勉強を疎かにしていると思われるのも問題である。私にとってはジレンマであり、なんとも難儀なことだった。


 だからなのかも。それが理由なのかな。私が、冬休み中も安芸に会いたいと思ってるのは。


 私は、安芸を逃げに使ってしまっているんだろうか?



「安芸が私服着てる」


 タートルネックにロングスカートという出で立ちで私を出迎えてくれた安芸。


 考えてみれば、安芸の私服を見るのはこれが初めてだ。


「高田さんだって私服じゃん。初めて見た」


 でも、それはお互い様か。


 セーターにデニムのパンツという格好の私を、安芸は物珍しそうに見てくる。



「なにさ?」


「思ったよりも普通だね。もっと派手な格好してると思ってた」


「安芸って私のことどういう目で見てるの?」


「ものすごく遊んでる人なんだろうなって」


 ひどい。


 見た目で判断しないでって自分で言ったくせに。



 いつもは学校が終わってからの数時間を過ごしているから、こうして午前中からお邪魔していると、なんだか不思議な感じだ。


 食事の材料が入った袋を渡し、安芸の部屋へ。コートを脱ぐ。もうすでに暖房が効いていた。


「適当にくつろいでて。お茶とお菓子持ってくる」


「おかまいなく」


 なんて言葉を聞きつつも、安芸は紅茶とクッキーを持って来てくれた。



 私が安芸の家ですることは、大体決まっている。


 ゲームか、宿題か、読書。


 私は好きなものは一番最後に食べるタイプだ。面倒なことははやいうちに終わらせておくタイプ。


 だからいまのうちに終わらせておこうと、私は宿題に取り掛かっていた。



 サラサラと走らせていたペンを止め、ふと視線を上げる。そのさきでは、安芸がゲームをしている。


 以前いっしょに勉強をしたとき以来、安芸が勉強をしている姿を見たことはない。あのときの安芸は、なんだか退屈そうだった。


 いまもそうだ。ゲームをしている姿はよく見るけど、楽しそうにプレイしているようには見えない。安芸は、あまり感情を表に出すことがないらしい。


 それは、私たちの年代の、とりわけ女子にしては珍しいことだと思う。恵理子なんかと比較すると、その差は歴然だ。だからこそ、私は安芸のことが妙に気になるのかもしれない。



 安芸はゲームに集中している。


 手を伸ばす。スカートの上から、私は安芸の脚をペンで指した。


「いたっ」


 軽く顔をしかめて、手で振り払われる。



「急になにするの?」


「ごめん。怒った?」


「べつにこれくらいで怒らないけど……」


 テレビに視線を戻しつつ、安芸は脚をさすった。



「なにか用?」


「用って程のことはないけど。安芸もいっしょに宿題しない?」


 すると、安芸はたぶんさっきとは違う理由で顔をしかめた。


「しない」


「なんで? いまのうちにやっておいたほうが後が楽じゃん」


「まだ冬休み始まったばっかりだし。あとでいいよ」


 それじゃああとが大変だから言ってるんだけどな。


 見た目は優等生なのに、本当に適当なやつだ。そういえば――。



「安芸、髪ちょっと伸びたね」


 サラリとしたキレイな黒髪に触れる。くすぐったそうな顔をして、


「うん。そろそろちょっと切ろうかと思ってるんだ」


「せっかく長くてキレイな髪なんだから、いろいろ遊べばいいのに」


「いいの、面倒くさいし。高田さんほどこだわりはないから」


 もったいない。オシャレは人間がとる最も原始的な美的行動だ。


 まして、安芸は私から見れば磨けば光る原石なのに。


 思わずまじまじと見てしまう私の視線のさきで、安芸はコントローラーから手を離した。



「あれ、やめるの?」


「高田さんがうるさくて集中できないから。私も宿題する」


「お、安芸が真面目になった」


「私もともと真面目だし」


 軽口を交わしながら宿題に取り組む。


 キリのいいところまで終わって軽く体をほぐしたとき、時計の針は昼食にはちょうどいい時間をさしていた。



「そろそろご飯食べようよ」


「そうだね。レトルトでいいでしょ?」


「え、私作るって。そのために来たんだし」


「でも、材料夕食の分だけでしょ? 昼食の分もあるの?」


「……ない」


 そうだ。うっかりしてた。


 いつもここでは夕食しか食べないから、昼食の材料を買ってこなかったんだ。



「えぇと……冷凍の焼きおにぎりでいい? あとお味噌汁」


「いいよ。なんか日本の食事って感じ」


 冷凍食品はあまり好きじゃない。体に悪いし、栄養も偏っている。


 でも、ひさしぶりに食べた焼きおにぎりはおいしかった。外側のパリパリと内側のモフモフが癖になりそうだ。赤だしのお味噌汁も、インスタントだけど合っている。


 たまにはこういう食事も悪くない。


 短い食事は、短い会話を交えてすすんでいった。



 そのあとは、のんびりとした時間を過ごしていく。


 安芸はまたゲームをして、私はベッドに横になって持ち込んだマンガを読んだ。


 そんなことをしていたら今度は夕食の時間になって、私は豆腐ハンバーグを作った。


 初めて作る料理だったからちょっと不安だったけど、安芸は「おいしい」と言ってくれたのでよかったと思う。




「じゃあ、気をつけて帰ってね」


 帰り際、安芸はいつものように外まで見送りに出てくれた。


 いつの間にか、外はすっかり暗くなっている。


「うん。また連絡するから」


 またね、と手を振ると、安芸もまたねと軽く手を振り返してくれた。


 なんてことはない別れの挨拶。いままでにも何度も交わされてきた言葉だけど、「また」という単語が、私の心を躍らせる。



 今度はいつ安芸に会えるだろうか。


 そんなことを考えながら、私は帰路についた。

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