第29話 私は安芸に会いたがっている➁

 初めて入る安芸の家の浴室は、すこし大きいことを除けばとくに変わった点はない。


 人の家で裸になるって、なんだか妙な感じだ。正直言って抵抗感がある。


 手早くシャワーをすませて脱衣所に出ると、かごの中に衣服が置いてある。広げてみると、それは学校指定のジャージだった。


 ジャージを着てリビングへ行くと、安芸が退屈そうにソファーに座っていた。



「おかえり。サイズ大丈夫?」


「うん。ありがと」


 本当はちょっと大きいけどわざわざ言う必要はないだろう。



「ならよかった。下着は返さなくていいよ。さっきも言ったけど、一度もつけてないやつだから」


「りょーかい」


 私は服だけじゃなくて、下着まで安芸に借りていた。


 正直こっちも大きさが合っていない。とくに胸のあたりはスカスカする。


 淡いブルーの下着は、安芸っぽいというか、よく似合うんだろうなと思う。



「ほんとありがとね。今度埋め合わせするから」


「いいってば。いつもご飯作ってもらってるお礼ってことで」


「それはお金貰ってるからチャラでしょ。ちゃんとするから」


 あまりしつこいのは失礼かもしれないけど、私の気がすまない。ここは安芸に折れてもらう。


 諦めたようなため息が聞こえてきた。



「じゃあ、さっそく作ってくれる? ご飯」


「はいはい、もちろん」


「今日はなに?」


「トマト鍋。最近寒いからねー」


 安芸は自分から訊いたくせに、材料見てなんとなく予想してたけど、と言った。



「高田さんて、料理結構できるんだね、レパートリーすくないって言ってたのに」


「安芸に作るようになってから勉強してるんだよ、これでも」


 いままでは自分で食べるだけだったけど、人に作るんだからいちおう気は遣う。


 それに、そうやってがんばって作ったものを「おいしい」って食べてもらえるのは単純にうれしい。



「今日ちょっとだけ長居してもいい? 雨宿りさせてよ」


「長居はいいけど……もう雨あがってるよ」


「はっ、マジ?」


 カーテンの隙間から見てみると、たしかに雨は上がっていた。


 ウソでしょ。来るときはアレだけ降っておいて。



 ガックリうなだれながらも料理を完成させる。


 といっても今日は鍋だから、それほどの手間はないんだけど。


 いつものように二人で「いただきます」を唱和。食事を開始する。



 もうすっかり冬だ。外はかなり冷え込んでいる。


 室内は暖房で温められ、私の体は鍋料理で心から温まっていくようだった。


 しっかり煮込んだトマトや豚肉が、栄養が体に染み込んでいく。



「そういえば、明日から冬休みだね」


 何気ない調子で出てきた私の言葉。でも、実際にはタイミングを見計らっていたものだ。


「だね。しばらくお別れだ」


 お別れ……


 休みに入れば、私たちは会わなくなる。事実、休日には会ったことがない。夏休みだって、結局一回も会わなかった。


 きちんとした取り決めがあるわけじゃない。でも、それが暗黙の了解となっている。



「……冬休み中も作りに来ようか? ご飯」


「え?」


 食事の手が止まり、安芸の目が意外そうな光を伴って私を見る。


「休み中もご両親は仕事なんでしょ? だったら、さ」


 理由をつけてはいるが、結局のところ、私が言いたいことは一つなんだろう。


 私は、休み中も安芸に会いたがっている。安芸と会う理由を探している。



「予定あるんじゃないの? 宮原さんたちと合コンとか」


「合コンはもうしばらく行かない」


 たしかに恵理子たちと予定はあるけど、夜まで一緒にいることはないだろう。


 そういう日もあるかもしれないけど、安芸と会える日だってあるはずだ。


 質問への答えがなかなか返ってこない。あるいは短い間だったかもしれないけど、私にはとても長く感じられた。だから、



「高田さんがいいならいいよ。来ても」


 そう言われたときは、なんだかホッとして体から力が抜けた。箸を落としそうになって、慌ててつかむ。


 そんな状態のくせに、口からは「じゃあ行こうかな」なんて軽い言葉が出てくる。



 どうして私が、安芸といっしょにいる理由を探しているのかは分からない。


 だけど冬休みの予定がすこし安芸で埋まったのだと思うと、はやく冬休みにならないかななんて、柄にもないことを考えていた。

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