第26話 私は安芸と寝たい➁

「お邪魔します」


 自分のベッドのくせに他人行儀なことを言って、安芸はコロンと横になった。


 ちょっとしたイジワルのつもりだった。


 キスをしたのにまったく変わった様子のない安芸に。何事もなかったかのような様子の安芸に。


 それなのに、安芸は当りまえのようにベッドに寝そべった。


 ムカムカする……



「二人だと狭いね」


「ダブルでもセミダブルでもないから」


 安芸の薄いピンク色の唇が言葉を紡ぐ。


 その感触を、私は知っている。


 温かくて、やわらかい。


 私たちは触れ合った。つながった。それなのに――。



「高田さん、ちょっと近い」


 私を押し返そうとしてくる。離れることはできた。でも、私はそうしなかった。あえて、ちょっと近づく。


「仕方ないじゃん。狭いんだから」


 手を伸ばせばすぐに安芸に触れられる。


 耳の後ろに指を這わせると、体がちいさく震えたのが分かった。



 吐息を感じる。


 体温を感じる。


 あのときほどではないにしろ、安芸をより近くに感じる。


 ムカムカする。それにモヤモヤする。


 安芸はどうして平然としていられるんだろう? なんだかズルい。気に食わない。



「私のお願い聞いてくれる?」


「……変なこと以外なら」


「ひどっ。私そんなお願いしたことないでしょ」


 イヤだ、と言ってもいいはずだ。


 でも、軽口にはなにも答えず、安芸はジッと私を見てきた。



「ジッとしてて」


 これは変なお願いではないだろう。


 いままでしたことはないお願いだけど、普通のお願いだ。


 言われたとおりにジッとしている安芸。でも、私の手がブラウスに伸びたとき、驚いたように体をよじった。



「ちょ、ちょっと高田さんっ?」


「ダメだよ。ジッとしててってば」


 抵抗する手を払いのけるようにして、私は安芸のネクタイを緩め、ブラウスの第二ボタンまでを外す。


 胸元をはだけさせると、チラリとつけている下着が見えた。


 安芸のイメージによく合う、飾り気のない白い下着。


 同性の下着なんてどうということはない。着替えのときに見ているわけだし、なんなら自分のものだってそうだ。それなのに――。



「変なことはしないでって言ったじゃん」


「変なことじゃないよ。こうするだけだから」


 あらわになった安芸の胸元に、そっと舌を這わせる。


 吐息のような短い声が漏れて、体が震えたのを、私もまた体で感じた。



「高田さん、やめて。やだっ」


 それを止めるかのように、私は唇を押しつける。


 唇をすぼめ、安芸の肌に吸いつく。背中に手を回し、私から逃れようとする安芸を絡めとる。


 さっきよりも近くに安芸を感じる。吐息が私の髪を撫でるのを感じた。


 温かい……


 さらに強く吸いつくと、安芸もさらに強い行動を起こす。私の鎖骨のあたりを押して体を離してきた。



「やめてったらっ」


 唇が離れる。体も離れたけど、安芸はまだ私の腕の中にいた。


「急になにするの? 痕ついちゃったんだけど」


「ブラウスで隠せるから平気でしょ。安芸は制服着崩さないし」


「答えになってないよ」



 珍しく不満そうな安芸の声。それが心地いい、と言ったら性格が悪いだろうか。


 キスをしたというのに変わらない安芸。そんな様子を見て、私は一人でモヤモヤしていた。


 なかったことにしようとしているなら、できないようにする。忘れられないようにする。


 だから安芸の体に痕をつけた。


 痕が消えるまで、安芸は今日のことを思い出してくれる。それでいい。



「じゃあ、私にも痕つけていいよ。それでおあいこ」


 ブラウスを引っ張って胸元をはだけさせる。


 安芸はすこし目を見張ったあとで、サッと視線を逸らした。


「なにそれ。酔っ払いみたいなこと言って話逸らさないで」


 私の手を振り払うようにして、安芸はベッドから起き上がる。


 怒らせたかなと思ったけど、「もう帰って」と言われないあたり、そうでもないらしい。



「暇だから変なこと考えるんだよ。いっしょにゲームしよ」


「安芸って、ゲーム好きだよね。見た目すっごい真面目なのに。私、部屋に来るようになるまで勉強ばっかりしてるんだと思ってた」


「ひどい偏見。見た目で判断しないでって言ったの高田さんじゃん」


 内容とは裏腹に、声には不満げな色はなかった。


 テレビをつけて、いつかやったレースゲームを起動させる。


 ベッドから起き上がると、一瞬クラリと視界が揺れた。



「いいけど。ちょっとは手加減してよ。このあいだ全然勝てなかったし」


「手加減されて勝って楽しいの?」


「まあ、勝てないよりは楽しいかな」


 準備をする傍ら、安芸はブラウスのボタンを留めて、ネクタイもきっちり締めた。


 ブラウスに隠れ、私がつけた痕は見えなくなる。


 私には、痕はついていない。

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