第25話 私は安芸と寝たい①

 十二月も半ばに差しかかった今日、厳しい冷え込みが続いていた。


 寒いのはキライだ。冬生まれなのにとか言われるが、そんなことは関係ない。


 冬服への衣替えはとうにすませ、マフラーをつけるようになり。防寒対策をしていても、寒いものは寒い。


 ただ、暖房がよく効いている安芸の部屋にいるいまは温かかった。



 もちろんマフラーはとって、いまはブレザーも脱いでいるから、私がいま着ているのはブラウスとカーディガン。


 スカートは相変わらず折って穿いている。寒いしやめようかなと思うこともあるけれど、周りがみんなそうしているからなんとなく短く穿いたままだ。



 ふと隣を見る。そこにはこの部屋の主である安芸の姿があった。


 腰まで届くほどの長い黒髪。まったく着崩さずにきっちりとした制服。細い脚は黒のストッキングに覆われている。


 体育座りをしてテレビゲームに興じている安芸は、普段とまったく変わらない。


 あんなことをしたというのに、気まずさなんて感じていないようだった。


 相変わらず、勝てるかどうか微妙なレベルでボスに挑んでいる。



 手を伸ばす。安芸のスカートの裾を掴み、持ち上げてみた。


「なにっ?」


 すこし驚いた様子で、安芸はスカートを押さえながら訊いてくる。


「さっきからゲームばっかりで、全然私に構ってくれないから。暇で」


「だからってゲームの邪魔しないでよ」


「スカート捲ったことに怒ってるんじゃないんだ?」


「べつに、これくらいじゃ怒らない」


 手を離すと、スカートは重力に倣って下に落ちた。



「安芸はスカート短くしないの?」


「しない」


「どうして?」


「どうしてって……する意味ないから。それに寒いし」


「オシャレは我慢っていうじゃん」


 なんとも無責任な言葉だなと思う。


 とはいえ、実際そのとおりだ。オシャレは我慢。気温との戦いだ。とくに制服なんて、いましか着れないわけだし。



「いいの。先生に目をつけられたくないし」


 それは分かる。実際、恵理子は結構注意されているし、私も抜き打ちの検査のときとかに注意されたことがある。


 安芸は、なんていうか地味な見た目だから、いきなり派手な格好をしたらみんなビックリするに違いない。それなら……


 今度は手を上げて、頬に触れるようにして髪を撫でる。きめ細かな髪質。ふわりと広がった髪からは、ほのかに甘い香りがした。


 それはこの間、安芸が私の部屋に来た日、部屋に交じった匂いだ。


 シャンプー、なに使ってるんだろう?



「じゃあ、髪型変えてみたら?」


「それもヤだ」


 ゲームを続けながら、安芸はこっちを見もせずに言った。


「えー、なんで?」


「だって大変そうだし。面倒くさいから」


「でも、髪長いと大変じゃない? なにか特別なことしてるの?」


「うぅん。たまにお手入れするくらいだけど」


 それでこのキレイさなのか。うらやましい。


 私は髪にはそれなりに金と時間をかけているから。あるいは、言葉では言っておきながら、安芸も努力しているんだろうか。



「私、オシャレにはあんまり興味ないから」


 たしかに、安芸は制服も着崩していないし化粧もしていない。さすがにスキンケアはしてるだろうけど……


 もったいないな。


 もとはいいんだから、オシャレすればもっとかわいくなると思うのに。


 まあ、本人にその気がないんだから、言ってもムダか。



 ――今日はもうおしまい。


 このあいだ、初めてキスをしたとき、安芸はそう言った。


 あれから一週間が経った。あれ以来キスは一度もしていない。それどころか、あのときのキスを話題に出すことすらない。


 もしかして、なかったことにしようなんて思ってないよね?


 そんな考えが、チラリと頭をよぎる。


 あり得る。


 こうして部屋に来るようになって、一つ分かったことがある。安芸は都合の悪いことが起こるとそれから逃げようとする癖があるらしい。


 それを一概に悪いこととまではいわないけれど、当事者としては困ったものだ。



 ムカムカする。


 安芸のせいだ。安芸が、客人である私をほったらかして、ゲームなんてしているから。



「ベッド、借りてもいい?」


 この部屋での私の定位置は決まっている。


 安芸の隣。触れ合うほど近くではないけれど、手を伸ばせば届くくらいには近い。


 ベッドというのは、部屋の中でもかなりプライベートな空間だろう。友達という関係でも、イヤがる人はイヤがる。恵理子が気にするタイプだから、安芸にもなんとなく気を使っていた。でも……


 私たちは、友達っていえる関係かも分からない。それなのにキスをしてしまった。



「? うん。どうぞ」


 不思議そうにしつつも、ゲームの片手間に了承してくれる。


 お言葉に甘えて、ベッドに横になる。


 ふかふかの布団とマットレス。そして仄かに薫る甘い匂い。



 この匂いは知っている。


 安芸の髪の毛から香る匂い。私の部屋に来た日、そこに交じる匂い。


 この匂いはキライじゃない。


 目をつむると、とても安らかな気持ちになれた。ややもすると、そのまま眠りに落ちそうだ。


 目を開く。すると、安芸がコントローラーを床に置くのが見えた。



「ゲーム、終わったの?」


「うん。今日はここまでかな」


 軽く伸びをして体をほぐす安芸。ふぅ、と軽いため息の音が聞こえてきた。


「疲れた?」


「ちょっとだけ」


「じゃあ、こっちおいでよ」


 安芸の顔が、私を振り返った。見間違いでなければ、驚きの色に染まっている。



「どういうこと?」


「だから、こっち来てよ。ベッドでいっしょに寝よう?」


「どうして?」


「恋人なら、そういうこともするかなって」


 私たちは恋人じゃない。たぶん友達でもない。


 それでも〝お願い〟と言えば安芸は聞いてくれる。そしてそれは、今回もおなじだった。

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