第21話 高田さんの部屋に行ってみたい①

 私と高田さんがいっしょの時間を過ごすのは、日課というほどじゃない。


 それでも、それなりの回数を重ねてきた。私の中では当然のことになりつつあるから、ない日はちょっと物足りなかったりする。



「はい。緑茶でよかった?」


「ありがとう」


 高田さんから湯飲みを受け取り、一口飲む。おいしい。体の芯から温まるようだった。



 とくに取り決めがあるわけじゃない。


 しかし、高田さんが〝お願い〟をするときは、集まる場所は私の部屋というのは暗黙の了解のようになっていた。


 そのことに引け目を感じたのか、高田さんがいきなり言ったのだ。「今日は私の部屋においでよ」と。



 初めての高田さんの部屋……


 私はまったく落ち着かないのだった。


 意外といったら失礼かもしれないけど、部屋は片付いていると思う。隅のほうに雑誌が積まれていたりするけど、そのくらいだ。


 今日はいっしょに宿題をするために、私たちは集まったのだった。



「高田さんて勉強すごいできるよね。ちょっと意外。私、最初はサボってるんだろうと思ってた」


「ひどっ。安芸って意外と辛らつだよね。私に対して」


 準備をして宿題を始めようとする高田さんは、私のほうをチラリとみてあれと小首をかしげた。



「安芸は宿題しないの?」


「……あんまり気が進まない。今日のは特別難しいし」


「なにそれ。安芸のほうが不真面目じゃん」


 からかうような高田さんの言葉。でもそのとおりなので言い返せない。



「いっしょにやろうよ。分かんないところは教えてあげる」


 後回しにしてもいいことないし、やらずに困るのは自分だけ。


 勉強ってなんて難儀なんだろう。


 そんなことを考えながら、高田さんといっしょに宿題をすすめる。



「安芸、そこ間違ってる」


「え、そうなの?」


「ここも。計算間違ってる」


「……」


 せっかくやったのに間違いを指摘され、不貞腐れそうになってしまう。


 そんな私にも、高田さんは宿題を教えてくれた。


 丁寧な解説は、先生以上に分かりやすいかもしれない。


 あるいは、私がいつもより真面目なのかも。せっかく高田さんが教えてくれているんだ。その思いに応えたい。


 そんなことをしていると、ふと腕がぶつかってしまった。



「あ、ごめん」


「うぅん、べつに」


 いつの間にか、思っていた以上に近づいてしまったらしい。サッと身を離す。



「そんなに慌てなくても、べつに怒ってないよ」


「そういうわけじゃ……」


 まあいいや。そういうことにしておこう。


 照れちゃった、なんて言えないし。



「安芸、まあのんびりして、なんならマンガでも読んでてよ。勉強ばっかりだと疲れるし。私もあとちょっとしたら休憩とるから」


「うん。ありがとう」


 とは言ったものの、私は人の家でくつろげるほど神経が図太くない。


 でも、お言葉に甘えないというのも、それはそれで感じが悪いように思う。私は本棚から適当に本をとって、読ませてもらうことにした。



 外は寒空だけど、部屋の中は暖房がよく効いていて温かい。


 それに加えて、部屋の中に響く音は時計の秒針と高田さんがペンを走らせるだけとくれば、睡魔に襲われるのも自然な話だ。決して、私が勉強がキライだからだとか、そういう理由ではない。


 次第に意識が薄くなり始め、遠くなっていった――。

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