第18話 安芸がしたのはこういうことだ

「合コン、楽しかった?」


 ゲームも終わり、持ち込んだマンガを読んでゴロゴロしていると、安芸は独り言みたいにつぶやいた。


「宮原さんたちと合コンしたんでしょ?」


「そうだけど……よく知ってるね」


「今朝、会話してるの聞こえたから」


 全然楽しくなかった。でも、愚痴を言うつもりはない。この楽しい時間を、くだらないことに使いたくない。



「まあまあかな」


「そうなんだ」


 自分から訊いたくせに、安芸は興味なさそうだ。


「だれかと連絡先交換した?」


「まあ、いちおう」


「合コンってどんなことするの?」


 なんなんだ。どうしてそんなに食い下がるんだろう。



 ……そうだ。


 芽生えたのは、ちょっとしたイタズラ心。



「こういうことだよ」


 逃げられないよう手を掴む。怪訝そうな顔をする安芸に、私はゆっくりと顔を近づけていく。


 シャンプーの香りか、ほのかに甘い香りがした。近づくにつれて、その香りは強くなってくる。


 安芸が逃げようと身をよじるけど、私がそれを許さない。ギュッと目を瞑る。意外とまつ毛が長いと気づいた。


 そして、触れ合うほどに近づいたとき、私はサッと身を離した。



「なんて、冗談」


「え?」


「冗談だってば。こんなことするわけないじゃん」


「……からかったの?」


「まあ、ちょっとね。ごめん」


 形ばかりの謝罪。でも安芸は納得していないのか、ムッとした顔をしていた。


 それでいい。


 私もムカムカさせられたんだ。安芸もムカムカすればいい。人の寝込みを襲った罰だ。



「ファミレスで話して、連絡先交換しただけだよ」


「連絡とってるの?」


「むこうから来たときはね。私からはしてない」


「すればいいのに」


「べつにしたいと思わないから」


「もうカレシは欲しくないの?」


「……ほ、欲しいとも」


 恵理子は合コンを成功させた。沙希も結構いい感じになっていた。このままじゃ、私だけおひとり様になりそうだ。



「でも、べつに好きじゃないから。だれでもいいってわけじゃないし」


「ふーん」


 また興味なさそうな返事をして、安芸は小説に目を落とす。


 本当になんなんだ。安芸の考えていることが分からない。もっとも、人の考えを理解するなんて、できないのかもしれないけど。



「そういう安芸はカレシ作らないの? 私ら来年受験だし、カレシだなんだ言ってられないよ」


「作らない。私はカレシとか、興味ないから」


「そっか」


 それを聞いて、どこか安心している私がいた。


 ……いや、安心する意味が分からん。変なの。



「私も、高田さんとの時間を優先したいし」


 小説を読みながらついでみたいにつぶやかれた言葉。それは、いつかの私の言葉への返事なのだろうか。



 私が安芸を必要としているように、きっと安芸も私を必要としてくれている。それなら、私たちの関係はもうすこし続くはずだ。


 でも、この関係はいつか必ず終わりが来る。


 はやければ来年。遅くても再来年、高校卒業と同時に。



 そっと頬に触れる。


 そこには、まだ安芸の唇の感触が残っていた。


 初めての感触は、生暖かくて、すこしやわらかい。気持ち悪いとはいわないけど、なんだか奇妙な感触だった。


 この感触は、いつまで残るんだろう?


 私たちの関係が終わっても、まだ残っているんだろうか?



 そんなことを考えながら、私はふたたびマンガに目を落とした。

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