第16話 安芸はきっと仕返しをした

 教室では不愛想な安芸も、部屋では意外と表情豊かだ。


 笑ったり冗談を言ったり、からかい過ぎると不機嫌になったり。彼女も私たちとなにも変わらない、一人の女子なんだなーと思う。


 その安芸の姿は、今日は見ることができない。


 彼女は休みらしい。理由は知らない。先生も言っていなかった。ズル休みとかではないだろう。そういうタイプじゃないし。



「美玖、話聞いてる?」


 休み時間。いつものメンバーで集まって話しているときのこと。


 不機嫌そうな恵理子の声にハッとなる。いけないいけない。



「ごめん。ちょっとボーッとしてて」


「また寝不足?」


「まあね。おかげで化粧のノリも悪くて」


「あー、それでさっきから頬いじってるんだ」


 恵理子は一人納得したように言うと、また雑談へと戻っていく。


 とくに機嫌を損ねたというわけではないらしい。一安心だ。



 私の指は、無意識のうちに、また頬を触る。


 数日前。


 安芸といっしょにマンガ喫茶へ行った私は、ついついうたた寝をしてしまった。


 その途中、頬になにかが触れたような感触がして目が覚めた。


 寝ぼけた意識が捉えたのは、私の頬にキスをしている安芸だった。



 どうしてそんなことをしたのか、なにが目的だったのか、それは分からない。


 以前、寝ている安芸にイタズラをしたことがある。だからこれは、その仕返しに違いない。最初はそう思った。でも……


 仕返しにキスって、普通するだろうか?


 私たちは恋人ってわけじゃない。それなのにキスなんて、するものなの?


 しないはずだ。でも安芸はしてきた。



 なんとなく気まずくて、あれ以来安芸とは話していない。


 私からなにか頼みごとをすることもない。


 だから、私たちは関わることはない……



 なんだか、このままじゃいけない気がする。


 このままだと、安芸との関係がうやむやになってしまうような、終わってしまうような、そんな気が。


 そう考えると、胸のあたりにズキンとした鈍い痛みがあった。


「……?」


 なんだろう? いまの。なんか……



「え~~。沙希さき真面目過ぎ。ウケるんだけど」


「そうかなぁ? 恵理子が軽すぎると思うんだけどな」


「そうだって。身体の相性って重要じゃん? それから確認するのもありだと思う」


「そういうのってよくないよ! なんていうか……ふしだらだと思う!」


 ふしだらて。


 すこし時代がかった単語を使った沙希は、恵理子とおなじく派手な見た目をしているものの、根は真面目な子だ。


 他のことに気をとられているうちに、ずいぶんと生々しい話をしている。



「美玖はどう思う?」


 沙希に詰め寄られる。


 弱ったな。こういうときは、どっちに同意しても角が立つ。どうしたものか。



「まあ、相手によるんじゃない? 流れでってこともあるだろうし」


「そうかなぁ。私って重いのかなぁ。え、だからカレシできないのっ?」


 いままでカレシができたことがないという沙希は本気で悩んでいる様子だった。


 思いのほかションボリした様子の沙希を見て、恵理子は何事か考えだした。



「そんなに言うなら、沙希も相手見つけなよ。合コンセッティングするからさ」


「それ恵理子がしたいだけじゃない?」


「ひどくない? 私沙希のこと考えて言ってるんだけど」


 だが、返す刀でこんなことを言う。


「私も気になってる子いるんだよね。その子も含めてさ、ね、やろうよ」


 恵理子はやる気満々だ。こうなった彼女はだれにも止められない。


 いつのまにか、やる方向で固まってしまった。



「じゃあ、美玖も予定空けといてね」


 私は予定あるから、というのをけん制する形の言葉だ。もっとも、恵理子はそこまで考えていないだろうけど。



「分かった」


 なにか予定があれば、断れるんだけどな。


 ふと安芸の席を見る。



 そこには、もちろんだれの姿もない。

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