第13話 高田さんが告白されたせいだ

 人と話すことは、あまり好きではない。


 相手が家族や友達ならそうでもないけど、あまり知らない人と話すことは、私にとってはストレスだ。


 私の心を表すように、空は曇り模様となっていた。



 登校中。信号待ちをしていると、宮原さんに話しかけられた。


 内容はとても他愛ないものだったけど、私は相槌を返すことしかできなかった。


 そんな私に愛想をつかしたのか、信号が青になった途端、宮原さんはさっさと行ってしまった。


 はぁ。なんだか朝から疲れたな……


 高田さんと話してるときは、こんなふうに疲れたりしないんだけど。



 教室に入ると、机に鞄を置く。


 私の出席番号は一番。なので、席は一番まえだ。どうしよう、今日は月初めだし、絶対授業で指されるよね。いまのうちに鈴木に訊いておこうかな。


 なんて思いつつクラスをぐるりと見まわすと、むこうから話しかけてきた。


「安芸、安芸!」


 なにやら興奮した様子だ。どうしたんだろう?



「なに? 朝から元気だね」


「ヤバかったんだって! さっきすごいもの見ちゃったの」


 すごいものって? と訊くと、鈴木は周りを見てから、私に顔を近づけて声を潜めて言う。


「さっき、高田さんが告白されてるところ見ちゃったの!」


「はっ?」


 予想もしていなかったことを言われ、声が上擦ってしまう。



「告白って……だ、だれに?」


「分かんないけど、たぶん一年じゃない? 敬語使ってたし」


 日直の仕事ではやく来た鈴木は、たまたまその場面を目撃してしまったらしい。


 驚いただとか、悪いとは思ったけど盗み聞ぎしちゃっただとか、興奮した様子で話し続けている。が、私はろくに反応することができなかった。



「安芸って恋バナとか興味ないの? なんか反応薄い」


「そんなことないって。どういう人だったの?」


 本当は好きじゃない。でも、正直に言うわけにもいかない。鈴木が楽しそうに話してるのに水はさせない。


「なんかかわいい系の子だったよ。小柄で。私のタイプではなかったなー。私ファザコンだからさ、年上で頼りがいのある人が好きなんだよね」


 こういうとき、女子は正直だ。それに好き勝手なことを言う。


 スポーツマン的な見た目の鈴木は、意外と言ったら失礼かもだけど、恋バナが好きらしい。


 高田さんが告白された、その男子の話から、自分の好みや告白のシチュエーションなど、話はどんどん移ろって行った。



 そんな話をしている間に、HRも終わって休み時間となった。


 授業のことを訊こうと思っていたけど、結局タイミングを逃して訊けずじまいだ。


 そのせいで、先生には「もっと真面目に授業を受けろ」と怒られてしまった。私が答えに詰まった部分は、先日やったばかりだったらしい。


 いっそ塾に通おうかと思ったこともある。お父さんたちからはその気があるならお金は出すと言われた。けれど、学校以外でも勉強するというのは、私の気性には正直合っていない。



 なんだかイライラする。なにもあんな嫌味な怒りかたしなくてもいいのに。


 私には趣味らしいものはない。せいぜい読書位。ムカムカしたときは読書で気を落ち着ける。それなのに――。



 集中できなかった。内容は全部右から左で、まるで頭に入ってこない。


 休み時間であるいまは、教室は喧騒に包まれている。


 きっとそのせいだ。私が読書に集中できないのは。


 こんな状態で読書なんてできるはずがない。仕方なく、私は机に突っ伏した。




「ただいま」


 なんて言っても、返してくれる人はいないけど。お父さんもお母さんも、まだ仕事から帰ってきていない。



 私の部屋は、一人で過ごすにはすこし広い。


 三人だと手狭。二人だとちょうどいい。だから高田さんがいると、いい感じだ。


 でも、その高田さんはいまはいない。あのタコパ以来、高田さんは私に〝お願い〟をしてこなかった。



 いまはなにをしているのか。たぶん、宮原さんたちと出かけているんだろう。


 鈴木は今日も塾。となると、私はとくにすることもない。勉強でもしようかと思ったものの、やっぱりやる気が出ない。



 以前塾のことを鈴木に相談してみたら「通うならうちにすれば?」と言われた。


 たしかに、どうせ通うなら友達とおなじところにしたほうが、多少なりともマシかもしれない。


 とはいえ、私はまだ二年生だ。三年生になったら、もうすこし考えてみようと思う。それにしても――。



 静かだな……うるさかった教室とはまるで逆だ。これなら、本にも集中できるかもしれない。


 一人は好きだ。だれにも、なににも気兼ねする必要はないから。でも……



 いまはすこしだけ、一人が寂しかった。

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