第12話 私の中の曇り空

 彼氏がいるか、いないか。


 それは私たちにとっては重要なことで、いるということは一種のステータスとなる。


 個人的にはそうは思わないけど、私たちのグループの中心人物である恵理子がそういう価値観のある持ち主なので、必然的な流れとして、私もそういう価値観に流されていくこととなる。



 年上のカレシに振られた恵理子は、二度と過ちは繰り返すまいと、今度は年下に狙いを定めたようだった。


 活発なその一年生は、バスケットボール部。小柄だがプレイはうまい……らしい。


 童顔で、かわいい系の子である。


 先日、その子に関する相談をされた。



 女子が恋の相談をするとき、それは牽制という意味合いを兼ねている。


 要は〝私が惚れた男には手を出すな〟という意味だ。


 もし告白などしようものなら誹謗中傷。なんならその男子から告白されてもアウトである。相手の気持ちなど関係ない。それは即ち〝裏切り〟を意味する。



 私はさりげなく「いま好きな人はいるのか」と訊かれた。


 もしおなじ人が好きと分かれば「私も好きなんだよね」と言い、応援するカタチに持っていく。


 なんとも計算高く、いやらしい話だが、その程度は仕方ない。友達付き合いのうちだ。とはいえ……



 まさかこんな展開になるなんて、よもやよもやだ。


 朝。校舎にむかいつつ、私はため息をついた。



 告白された。


 恵理子が狙っている、バスケ部の男子から。



 校門で呼び止められ、校舎裏に呼ばれた。なにかと思えば、その場で告白されてしまった。


 関わりはほとんどない。おなじ委員会だからそこで何度か話しただけだ。



 たしかに、私は恵理子に流されてカレシを作ろうとしてる。でも、だからってあの子はマズい。


 だって恵理子が狙ってる男子だ。しかも私はそのことで相談されてる。


 もし告白されたなんてことがバレたら、この世の終わりのような大騒ぎになる。すくなくとも、私はしばらく口を利いてもらえなくなるだろう。


 なんとも理不尽な話だが、これが恵理子、あるいは女子というものだ。



 もちろんというか、交際は断らせてもらった。いまはだれとも付き合うつもりはないからと。


 矛盾した話になってしまうが仕方がない。むこうもとくに食い下がることはなかったし、それで納得してくれた。あとはこの話が恵理子の耳に入らないよう祈るだけだ。


 もう一度、今度は深々とため息をつく。


 なんだか朝から疲れてしまった。もうこのまま帰りたい気分だ。



「美玖っ」


 背後から聞こえてきた声に、吐きかけた息を呑みこんだ。


「恵理子。おはよう」


「おはよ。ね、昨日の見た?」


 挨拶もそこそこに、恵理子はこれが本題とばかりに切り出す。


 なんのことかは分かる。昨日は、恵理子の好きなドラマの放送日だ。



 平静を装いつつも、内心では結構心臓がバクバクしていた。


 あ、危なかった。もうちょっとタイミングがずれてたら、恵理子に告白されているのを見られたかもしれない。


 じつは見られてたってことはないだろう。それなら絶対になにか言ってくる。そういう隠し事はできない。恵理子はそういうやつだ。


 適当に話をしていると、ねえ、と話を区切ってくる。



「美玖、なんか元気なくない? なにかあった?」


「え? あー……」


 まさか本当のことを言うわけにもいかず、曖昧に言葉を濁す。


「ちょっと寝不足なだけだよ。スマホ見てたらつい」


「保健室で寝ちゃえば? 私もなんかだるいし、いっしょに行こうよ」


「授業はサボりたくないんだよね」


「真面目だなー」


「先生に目をつけられることはしたくないだけ。それよりこれ以上サボるのはやめときなよ。このあいだも怒られてたでしょ」


「べつに怒られるくらいいいんだけどね」


 自由なやつ。それでもあまり強く怒られないのは、やっぱり成績がいいからだろうか。



「そういえば、学校つくまえにおなクラの子見かけたよ。名前忘れちゃったけど」


「どんな子?」


「えと、黒い髪で、ちょっと地味な……」


 それって、まさか……


「安芸?」


「そうそう! 安芸さん!」


 勉強はできるのにクラスメイトは忘れるのか。このあいだは名前覚えてたくせに。



「話しかけてみたけどほとんど反応なくてさ。なんか暗い子だよね」


「へー。そうなんだ」


 そんなことはない。


 結構しゃべるし、冗談だっていうし、意地悪な一面もある。


 でも、そんなこと、いちいち訂正する必要はない。ない、けど……



 なんだかモヤモヤする。心がざわつく妙な感じ。


 きっと告白のせいだ。恵理子にバレたらヤバいって、余計な心配事が増えたから。



「それにしても美玖って記憶力いいね。私はド忘れしちゃってた」


「べつに。普通だって」


 そう、普通のことだ。なにもおかしなことはない。


 だからこのモヤモヤも、きっとすぐに晴れるに違いない。



 ふと太陽が陰り、空を見上げる。


 天気予報とは裏腹に、曇り空だった。

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