第8話 高田さんとの時間は甘い。でも……

 学校生活は楽しいことばかりではない。


 特別学校が好きなわけではない私には、とりわけのそのイベントは多く感じる。


 例えば体育祭。運動は苦手だからいやだ。


 あるいは文化祭。みんなでなにかを成し遂げるっていうのは得意じゃない。


 ほかにもある。それは――



「鈴木、ここ分かる?」


 英語の問題集。どうしても分からないところがあったので訊いてみる。


「もう、また? 安芸、さては授業真面目に聞いてないでしょ?」


「そんなことないって。ただその……英語の授業って、催眠効果ない?」


 なに言ってるか分かんないし。私日本人だし。



 呆れた顔をしつつも教えてくれるのだから、鈴木はやっぱりいいやつだ。


 鈴木は髪をショートカットにした、私とおなじでちょっと地味目のやつだ。普段はコンタクトだけど、いまは眼鏡をかけている。



 九月も終わりに差しかかり、期末テストが近くなってきた。


 鈴木の部屋にお邪魔して、私たちはその勉強中……ていうか、成績がそこそこよく、塾にも行っている鈴木が、私の勉強を見ているような状況だ。



 こうして鈴木が世話を焼いてくれるのも、私たちが友達だからだと思う。それなら……


 私と高田さんは、どういう関係なんだろう。


 確認したことはない。それをいうなら、鈴木ともそうなんだけど。でも私たちは友達だ。それは分かる。


 私と高田さんは、友達……なのかな? 私は高田さんとどうなりたいんだろう?


 なりたいと、思っているんだろうか……?



「真面目な話さ」


 鈴木の言葉にハッとなって顔を上げる。


「授業、ちゃんと聞いて勉強したほうがいいよ。私ら来年受験生じゃん」



 そっか。そういえばそうだ。


 テストが終ったら文化祭。冬休みがきて年が明けて、そしたらあっという間に三年生だ。


 進級したら、クラス替えもある。鈴木とおなじクラスになれるかな? もし別れてしまったら、話す人がいなくなってしまう。


 高田さんとは、どうなるだろう? もしクラスが違っても、変わらずうちに来てくれるだろうか?


 私たちの関係は、いつまで続くんだろう? もし、高田さんが来なくなったら……



 一人で食事をして。一人でゲームをして。私は一人で過ごすことになるんだろう。


 鈴木は塾で忙しいらしく、あまり私の部屋には来ない。だから高田さんを除けば、私の部屋の来訪者はないに等しい。


 それを虚しく思ったことはない。むしろそれが自然だった。でも……



 なんだろう。胸の奥に、なにかつっかえるものがある。


 高田さんがいなくなった私の部屋を想像すると、なんだかキュッとなってしまう。


 なにコレ。変なの……



「安芸は決めてるの? 進路」


「まあ、進学かな。とりあえず、たぶん?」


「適当だなぁ。本当に大丈夫?」


「平気だって。鈴木はどうするの?」


「進学。私ね、将来トリマーになりたいんだ。だからそれ系の大学行こうと思って」


 トリマー……って動物の美容師だっけ?


 そういえば、コイツ犬飼ってたな。


 すごいな。ちゃんと決めてるんだ、将来のこと。いや、それが普通なのかも? なんだか、取り残されたような気分。



 高田さんは、進路どうするんだろう? もう決めてるのかな?


 私たちは、たぶん大学は別々のところに行く。だからこの関係は、高校生限りのものだ。


 私は高田さんのことが好き。でも私は、高田さんにとって大勢いるクラスメイトの一人にすぎないだろう。


 そう思うたび、胸のあたりがチクッと痛む。しかも厄介なことに、その痛みは日に日に大きくなっていくのだ。


 高田さんの〝お願い〟から始まったこの関係は、とても不安定なものだ。


 彼女が来なくなれば、最初からなにもなかったかのように消えてしまう。



 そっか……私、怖いんだ。


 高田さんがこの部屋に来なくなることが。関係が終わってしまうことが。


 いつかは終わってしまう関係。それなら、いっそのこと……




「すべて燃やしてしまえば片がつく!」


 放課後。私の部屋に来た高田さんは、なにやら物騒なことを言った。


 RPGをやりながらの言葉だ。



 レベルを上げまくって臨んだボス戦。結果はもちろん大勝利。圧勝だった。


 いつか言っていた「あっさり勝つのがいい」という言葉を実践していた。



「そんなに簡単に勝って楽しいの?」


「もちろん。てかそれがいいんじゃん」


 やっぱり私にはよく分からない。勝てるかどうかギリギリの戦いをするのが好きだから。



 期末テストも終わって、私たちはいつもの生活に戻っていた。


 テストどうだった? なんて、そんな質問はしない。高田さんは今回も上位に食い込んでいることは間違いない。私は……まあ、普通だ。



「なんか私ばっかりやっててごめんね。退屈じゃない?」


「うぅん。見てるだけでも楽しいから」


「それならいいんだけど……あ、安芸のデータ上書きしちゃった」


「え!? ウソ!」


「ウソだよ」


「もう、ビックリさせないでよ……」


「あはは。ごめんごめん」


 すごい顔してたよ、なんて言いながら、高田さんはからかうような笑みを浮かべている。



 やっぱり、私は高田さんが好き。


 彼女ともっといっしょにいたい。でも、この時間は高校卒業と同時に終わってしまう。あるいは、それよりもはやく……


 このあとは、高田さんの気のすむまでゲームで遊んだら、いつもみたいに夕食を食べるんだろう。


 もうレシートは貰ってある。材料は冷蔵庫。今日のメニューはハヤシライスだ。カレーだと好みが別れるから。


 毎日のことではないけど、普通のことになったいつもの時間。


 でも、だからこそ。



「ねえ、つぎは協力プレイしない?」


「高田さん」


 遮るように言った私の言葉。それは自分でも分かるくらいに震えていた。


 歯の隙間から、ゆっくりと言葉がこぼれ出る。



「もう、ここへは来ないで」

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