第7話 高田さんのご飯は今日もおいしい

 最近、高田さんは私の家に来るとき、ご飯の材料を買ってきてくれている。


 今日のメニューは鶏のから揚げと生野菜サラダ。私一人だけじゃとても作れない健康的な食事だ。


 揚げ物なんて面倒なメニュー、私は絶対に作らない。ていうか作れない。


 けど、高田さんは妙に乗り気だった。



「じゃあ、今日も台所借りるね。はいこれ、レシート」


「うん。お金準備しとく」


 お父さんたちに高田さんのことを話したら、レシートをくれればその分のお金は払うってことになった。


 ご飯作ってもらってるわけだし、このくらいはしないと。て言っても、渡してるのは私のお金じゃないから大きな顔できないけど。



「安芸、野菜洗ってくれたんだ。ありがと」


 高田さんが調理実習で男子に言うようなことを言う。


「うん。まあこれくらいは」


 なんだか子ども扱いされているみたいで、ちょっと複雑だ。


 ちょっと言葉が素っ気なくなってしまったかもしれない。けれど、幸いっていうべきか、高田さんは気にした様子はなかった。



「ほかにもなにか手伝おうか?」


「いいよ。座って待ってて」


「それじゃ落ち着かないんだけど」


「そんなこと言って、まえ指切っちゃったじゃん」


「そうだけど……」


 高田さんは、あまり料理を手伝わせてくれない。私としては作ってもらうっていうのは悪いから、すこしでも手伝いたいだけなんだけど。



 まえに指を切ったとき、正直ドキッとした。


 切った指を舐めて消毒するシチュがマンガであった。高田さんはそう言っていたから。


 でも、現実にはそんなことが起きるはずもない。高田さんは手早く絆創膏を貼ってくれただけだ。



 指を見る。


 もう絆創膏はとれて、傷はふさがっていた。




「そういえばさ、まだアレしたことなかったね」


 料理をテーブルに運び終えたとき、高田さんがふと思いついたように言った。


「アレって?」


「ほら、ご飯をさ、あーんって食べさせるやつ」


「?」


 高田さんは、たまに分からない。


 首をかしげて、思い当たった。これはアレだろう。〝恋人同士がしそうなことをする〟ってやつ。でも……



「それはさすがに恥ずかしくない? 恋人っていうより子供っぽい」


「あはは。だよね」


 本気で言っていたわけではないのか、高田さんは苦笑いで席についた。


 いただきますを唱和。食事を始める。



「高田さんはさ、まだカレシが欲しいって思ってるの?」


 ずっと気になっていることを訊いてみる。


 三好くんにフラれたあと、とくにだれが好きだとか告白するだとか、そんな話は聞いたことがなかった。



 ていうか、高田さんはもともとそんな話はしていない気がする。


 その手の話はいつも聞き手に回っていて、大体話しているのは宮原さんだし。


 本当にカレシが欲しいと思っているのか、それも疑問だ。



「もちろん思ってるって! やー、カレシ欲しいなー」


 妙に明るい口調で言いながら、高田さんは唐揚げをかじる。


「安芸はどうなの? 好きな人とかいないの?」


「えっ?」


 突然のことに、言葉を詰まらせてしまった。


 私の好きな人……



 それがまさか自分だなんて、高田さんは夢にも思わないだろう。


 でも、それでいい。この気持ちは、だれにも知られなくていい。



「いないよ」


「そっかー。独り身の女が二人。悲しいのう」


 高田さんは笑っていたけれど、私はそんな気分になれない。


 ただそういう気分なだけだ。胸のあたりがチクチク痛むのも、気のせいに違いない。



「高田さん、口元になんかついてる」


 ティッシュで拭きとる。高田さんはちょっとはにかんで「ありがとう」と言った。


 ……なんか照れる。こういうのも、友達同士じゃあまりやらないんじゃ?



「そういえばさ、貸した本、読んでくれた?」


 誤魔化すように話題を変える。


 実際気になっていたことではある。ファンが増えてくれれば、私はうれしい。


「へっ? あ、あー、あれね。うん、読んだ読んだ」


 そう言ってから、なぜかガックリとうなだれる高田さん。



「ごめん。その……最後のほうだけチラッと」


「そっか」


 読んでくれたんだ。無理やり貸した感じになったから、ちょっと申し訳ないなって思ってたんだ。


 すこしだけ解放された気分になる。



「……怒ってない?」


 しかし高田さんは、うつむき加減に、阿るように訊いてきた。


「怒る? どうして?」


「や、だって……推理小説を最後のほうから読むとか、邪道だーみたいなさ」


「そんなことないよ。そういう読みかたする人もいるし」


「そうなんだ……」


 ホッとしたように息を吐く高田さん。



「それで、どんな感じ?」


「うーん、文字が多い。頭痛くなる」


 顔をしかめて言う高田さん。でも、決して不機嫌ってわけじゃない。



 宮原さんたちといるときと、私といるときとで、高田さんの雰囲気はちょっと違う。


 どっちが彼女の素なんだろう?


 私と宮原さんたちじゃ、タイプが全然違う。私といっしょにいて、高田さんは楽しいんだろうか?


 家に来てくれていることが、その答えなんだろうか……



 ときどき考えてしまう。


 彼女は、私をいいように使っているだけなんじゃないかとか。


 はあ。なんていうか……私って、陰キャだなぁ。どうしてこんなことを考えてしまうのか。でも……



 それでもいい。高田さんが来てくれるなら、それでも。


 唐揚げをかじる。


 高田さんの料理は、いつも通りおいしかった。

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