第6話 私は安芸のことが気になっている

 男なんてみんな最低だ。


 クズばっか。バカばっか。身勝手。自分のことしか考えてない。


 放課後の喫茶店。恵理子の口からは、決壊したダムのように男の悪口がついて出る。



 どうやらカレシに浮気されたらしい。


 私たちいつものメンバーは、ただその話に耳を傾けている。


 時折、「最低じゃん」とか「恵理子可哀そう」とか「そんなやつ別れてよかった」とか。


 そんな言葉を怒ったように、あるいは同情するように投げかける。



 私たちに要求されているのは、単に〝同調〟することだけだ。


 恵理子といっしょに男に怒り、同情し、最終的には「恵理子ならすぐにいいひと見つかるよ」という結論に落ち着けるだけ。


 これはなにも、恵理子に対してのみ行うことではない。ほかのだれか、例えば私に対してもそうだ。


 この年頃の女子という生き物は、とにかく〝仲間意識〟というものが強いらしい。私たちの関係は、ザッハトルテみたいに甘くはない。とはいえ、


 人の機嫌を取り続けるっていうのは、正直面倒だし、結構ストレスになるものだ。



「そういえば、始業式の日、美玖二次会来なかったよね。どこ行ってたの?」


「家帰っただけだって。なんか疲れちゃってさ」


「ほんとに? じつはカレシに会いに行ってたんじゃない?」


「違う違う。三好くんにはフラれたって言ったじゃん。それに、カレシできたら恵理子に報告してるし」


 これはこのまえから言われている。


 二次会のカラオケに行かずに帰ったことで恵理子にはそう疑われている。


 べつに隠す必要はないかもしれないけれど、私たちの関係は秘密っていう暗黙の了解があるから、適当に誤魔化しておく。




 そうして不毛な時間を過ごすこと数時間。


 恵理子を励ます会を終えた私は、解放された気分とともに帰宅した。


 相変わらずだれもいない家。私は真っ直ぐに自分の部屋にむかい、制服を脱ぐのももどかしくベッドに倒れこんだ。



 疲れた。なんだかひどくムダな時間を過ごした気もする。


 とはいえ無視するわけにもいかない。浮気された恵理子が不憫って気持ちももちろんある。


 だからといって、無償の愛で恵理子を包み込めるほど、私はできた人間じゃない。



 制服脱がなきゃ。皺になっちゃう。


 明日授業で当てられそう。予習しなきゃ。


 ちょっと汗っぽい。シャワー浴びたい。


 お腹はあまり空いてない。でもご飯食べなきゃ。



 いろいろな考えが頭を回っては、しかし私はなにもできずにいる。


 ため息をつく。すると、それに呼応するように、思い出したことがあった。



 見なきゃいけない録画した番組があるんだった。


 最近、私たちの間で話題になっているドラマとバラエティー番組。


 ドラマは恵理子の好きな番組。バラエティーはべつの子が好きな番組だ。私はとくに好きでもなんでもないけど、話題合わせのために見るハメになっている。


 こういうのも必要なことだ。興味のない番組を見ることも。


 正直面倒だけど、これも仲間意識の強さから来るんだろう。共通の話題で盛り上がる。それはなんてことないことだけど、だからこそ愛おしく感じる人もいる。友達付き合いも楽じゃない。でも……



 安芸となら、こんな面倒なこと考えずにすむんだけどな。


 考えても仕方ないことを考えながら、私はテレビをつけて制服から部屋着に着替え始める。


 等速ではなく二倍速。なにせ、ドラマとバラエティーを一本ずつ見なければならない。普通に見ていたんじゃ時間がかかってしまう。


 テレビではイケメンともてはやされている俳優が歯の浮くようなセリフを言ったり。芸人がとくに面白くもない冗談を言ったり……



 予習をしつつ、番組をながら見。


 私の成績はそこそこいい。学年で十位以内には入っている。でも、頭がいいってわけじゃない。人一倍勉強してやっと結果を出しているだけだ。


 とはいえ、いまさら成績を下げるわけにもいかない。積み上げてきたイメージっていうものがあるし、第一、成績を下げたらお母さんにどんな小言を言われるか分かったものじゃない。


 恵理子も、アレでいて成績はかなりいい。だからこそ、派手な見た目をしているも注意されることはすくないのかもしれない。



 安芸は……成績はどうなんだろう?


 考えたら、私は安芸のことをほとんど知らない。食べ物の好みは多少知ってる。でも誕生日すら知らないのだ。


 それもまた、安芸との関係を心地よく感じている理由の一つかもしれない。


 恵理子たちなら、誕プレどうしようとかいろいろ考えなくちゃいけない。けど、知らなければそんなこと考えようもない。



 安芸は、私をどう思ってるんだろう?


 ただのクラスメイト? それとも友達? でも、友達というには私たちの関係は希薄な気がする。



 なんか私、安芸のことばっかり考えてるな。


 このあいだ恵理子に言われたっけ。気づけば安芸のこと見てるって。


 ため息をついてペンを置く。ふと、安芸から借りた小説が目に入った。


 ふと手に取って……うっ。顔をしかめる。



 やっぱり分厚いな。五百ページ以上あるって言ってたっけ。


 中は……文字ちいさいな。活字は苦手だ。見ただけで頭がくらくらする。


 安芸は「読んだ?」とか「どうだった?」とか、そんなことは訊いてこなかった。


 その放任っぷりが私には心地いい。


 でも、いつまでも読まないままというわけにもいかない。


 借りものだし、お気に入りみたいだから、なるべくはやく返した方がいいだろう。



 でもなあ、やっぱり読むの面倒。


 あ、そうだ。最後の謎解きのページだけ読むことにしよう。


 そこだけ読んでおけば、大丈夫だよね、うん。



 私はひと段落ついた予習から意識を離し、本のページをぺらぺら捲り始めた。

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