第4話 高田さんの卵焼きは甘い

「ジュース、なくなっちゃったね」


 ゲームに一区切りついたところで高田さんが言った。


「なにか飲む?」


「うーん……それよりお腹すいたかも」


「いまなにかあったかな……」


 二人で台所へ行く。相変わらず暑い。


 お菓子は……ない。カップ麺は……きらしてる。



「ごめん高田さん。いま品切れ中みたい。いちおう卵ならあるけど」


「じゃあ、それ使ってもいい? 卵焼き作る」


「高田さん料理できるの? ちょっと意外」


「卵焼きくらいで大げさな。ていうか失礼な。できるよ、レパートリーはすくないけどね」


 唇を尖らせつつ、高田さんは卵焼きづくりを始める。


 その姿は洗練されている……とまではいかないまでも、なかなか手慣れていた。



 卵を割って、かき混ぜる。細かく刻んだねぎを入れて、あとは……


「さ、あとは焼くだけだよ」


 高田さんは言った。


「え、もう?」


「うん」


「でも砂糖は? まだ入れてないよ?」


「砂糖なんて入れないでしょ」


「いや入れるって」


「入れないって」



「「……………………」」



「入れる!」


「入れない!」


「る!」


「ない!」


 いつの間にか顔を突き合わせて言い合う私たち。



「砂糖入れないなんて、高田さん邪道だよ!」


「邪道はむしろ安芸のほうじゃん!」


 意味のない不毛な争い。それは、その後もしばらく続いたのだった。




「じゃあ、またね」


 高田さんが歩きながらちいさく手を振る。


「今度は甘くない卵焼き作るからね!」


 なんて意気込みながら。



 結局、言い合いじゃきりがないので、ジャンケンで決めることにした。


 私が勝って、私たちは甘い卵焼きを食べた。


 高田さんが作ってくれた卵焼きは、普段よりもすこしだけ甘い気がした。


 彼女はもう手を振っていなくて、まえを向いて歩いていたけれど、私はその場に残り続けた。


 夏の日差しは鋭くて、なにもしていないのにあっという間に汗をかいた。


 目を細める。いつの間にか高田さんは見えなくなっていた。




 安芸の家を辞した私は、大きく背伸びをした。


 今日も結構長居してしまった。ものすごくいまさらなんだけど、迷惑じゃないのだろうか?


 私の気まぐれに、安芸を付き合わせちゃってる形だから、正直罪悪感がちょっとある。でも……


 それでもいまの関係を続けたいと思うくらいには、私はあの子と過ごす時間が気に入っていた。



 私たちは、たぶん好みは合わないのかもしれない。


 今日の卵焼きにしてもそう。マンガと小説の好み、うどんとそば、カレーの甘口と辛口、目玉焼きにかける醤油とソース……挙げだせばキリがない。


 それでも私は、安芸と過ごす時間は好き。



 鞄を漁って、一冊の本を取り出す。


 結局借りてきた推理小説だ。こんなの、読むどころか手に取るのも初めてなのに。


 安芸がなにを考えているのか、どうして私に付き合ってくれているのか、それは分からない。


 でも……



 もうすこしだけ、私はこの関係を続けていたい。


 安芸に迷惑だって、もう来ないでって言われるまで、あるいは……私がこの本を読み終わるまで。

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