第3話 私は安芸に〝お願い〟をする➁
「安芸、今日いっしょに帰ろうよ」
日直の仕事を終えて、「じゃあね」と言った彼女にそう言うと、驚いた顔をされた。
「え、どうして?」
「いっしょに帰るって恋人っぽいじゃん。練習練習」
すると、安芸は納得したような顔になった。
「分かったけど、方向いっしょなの?」
「安芸どっち? 駅のほうだったりする?」
「うぅん、反対側」
マジか。私駅のほうなんだよね……
「しゃーない。私が遠回りしよう」
「そこまでしなくても」
「いいんだって! さ、行こ行こ!」
ちょっと強引に誘ってしまった。我ながら本当に勢いで生きてるな、私。
だからこれも、私のせいなんだ。この気まずい沈黙も。
いっしょに帰ってるっていうのに、私たちの間には会話が全然なかった。なんだかカラスの鳴き声が大きく聞こえるなー。
まあ当然だ。だってまともに話したのは今日が初めてだし。安芸って普段どんな話するんだろ? よく本読んでるけど、その話かな?
このままじゃ練習にならないな。せっかく遠回りまでしてるのに。ほかに恋人っぽいことってどんなことだろう?
あ、そうだ。
「手、繋がない?」
「え? うん」
うなづいた安芸は手を差し出してくる。
「違う違う、握手じゃなくて。こう」
だらんと下がっていた左手を握る。私のよりちいさいな。
自分の勘違いに気づいたからか、安芸の顔はサッと赤くなった。
また沈黙。
でも、これはちょっと恋人っぽいかも。なるほどなるほど、こういうことをすればいいのか。
にしても気まずいなこの沈黙。なにかしゃべってくれないかなーと思って手を握り続けたけど、安芸はずっとうつむいたままで、私の願いが通じることはなかった。
それから日にちは経って、私は何度か安芸にお願いをした。
彼女は一度も文句を言うことなく、それに付き合ってくれている。そして、満を持して私は告白した。
結果からいうと、私はフラれてしまった。三好くんには好きな人がいるらしい。
フラれたというのに、私はとくに落ち込んでいなかった。安芸のほうが、私に気を使ってオロオロしていたくらいだ。
もともと友達と話を合わせるために付き合おうとしただけだし、あんまり深刻に考えないでほしい。ていうか、こんな気持ちで告白するなんて、三好くんにも失礼だったな。
「あれ、もうボス戦行くの? それでこのあいだ負けてたじゃん」
私は記憶を辿るのを止めて、目のまえのテレビ画面に意識をやった。
「いいの。もう十分」
告白は失敗してしまったというのに、私はまた安芸の部屋にいた。
あっさり倒してスカッとするのがいいと思うんだけどな。負けたらムカつくし悔しい。
「見てるだけで退屈じゃない? 本でも読んだら?」
「えー、ここ小説しかないじゃん。私マンガしか読まないんだよね」
「推理小説も面白いよ。貸してあげるから読んでみなって。騙されたと思ってさ」
「めっちゃ勧めてくるじゃん。なんかオタクっぽい」
「うるさいな」
とはいえ、実際ちょっと暇だな。一言断りを入れて本棚を見る。
適当な一冊を手に取った。
「うわ、めっちゃ分厚い」
「それ。シリーズで一番の長さなの。たしか五百ページ以上あったかな」
「うへー。よく読む気になるねそんなの」
活字が苦手な私にはとても読み切れそうにない。
そう思いつつも、なんとなく気になって、適当にページをめくり始めた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます