第2話 私は安芸に〝お願い〟をする

 はやくも夏の片鱗が見え隠れし始めた、五月の半ば。


 二年生の教室にも慣れたクラスの面々は、思い思いの休み時間を過ごしていた。


 行儀悪く机の上に座って、恋人の熱弁を振るっている宮原恵理子みやはらえりこもまたその中の一人だった。



 派手な見た目の、クラスの中心人物である彼女は、最近年上のカレシができたらしい。


 私を含めた数名のグループは、その惚気……もとい、自慢話に付き合わされているのだった。


 恵理子は自分大好きな人間らしく、ていうのはちょっと言いかたが悪いかな。


 えぇと……そう、人生を全力で楽しんでいるらしく、その自慢話をしてくるのはよくあることだ。多少辟易したとしても、話を合わせることくらいはしないと、このクラスではやっていけない部分がある。女子高生も楽ではない。


 とはいえ、



美玖みくは作んないの? カレシ」


 こうして水をむけられると、話は違ってくる。


「うーん、いまのところは考えてないかなぁ」


「もったいない。せっかくかわいいのにぃ」


「もう、からかわないでよ」


 ニヤリと笑ってくる恵理子に素っ気なく返す。私なりの、拒絶の意思表示だ。


 とは言ったものの……



 いつものメンバーって、恵理子を含めてほとんどカレシいるんだよね。


 だから、いまみたいな話になるときは、私は必然的に聞き手に回るしかない。傍から見れば、浮いてるって思われてるかも? それはちょっとな……


 それがキッカケだった。私もカレシ作るかなーなんて、軽い気持ちで思ったのは。



 私には、昔から主体性というものが薄かった。


 あまり自分の意志で行動しないというか、周りに流されがちというか、その場のノリで行動を決めることがある。


 いまだってそうだ。みんなから言われて、なんとなく恋人を作ることにした。できたこともないくせに。


 嫌味に聞こえるかもしれないけど、私は自分の容姿は悪いほうだと思っていない。だからその気になれば、恋人の一人くらいできるはず。〝女子高生〟っていうブランドもあることだし。


 とはいうものの、作り方なんて分からない。どうしよっかなぁ……



「あの、高田さん」


 突然呼ばれてハッとなった。聞きなれない声。いつものメンバーじゃない。


 見ると、そこには一人の女子生徒がいた。


 長い黒髪は、視線を隠すほどではないものの、前髪もちょっと長い。私よりもすこし背は高くて、私と違ってきちんと制服を着た彼女。


 たしか名前は、安芸あき……えぇと、安芸さん。


 教室では、よく本を読んでいる子だ。ほとんど話したことはないけど。



「なに?」


「その、日直の仕事手伝ってほしいの」


「日直……あっ!」


 そうだ、私今日日直じゃん!


「ごめんごめん! すっかり忘れてた!」


 私は恵理子たちに一言断りを入れて、安芸といっしょに教室を出た。



 職員室からノートを教室に運んでいるときのこと。


「……………………」


 うーん、会話がない。こういう沈黙はちょっと苦手だ。さっきまで恵理子がペラペラ話してたから余計にそう感じる。


 仕方ない。私から話を振ってみよう。



「高田さん、彼氏が欲しいの?」


 と、これは私じゃない。さきに沈黙を破ったのは安芸の声だった。


「ひょっとして聞いてた? さっきの会話」


「ごめん。聞くつもりはなかったんだけど」


「いいって。恵理子声大きいもんね」


 べつに聞かれて困る会話じゃないし。ちょっと恥ずかしいけど。



「安芸はさ、カレシいるの?」


「いないよ」


「じゃあ、好きな人は?」


 今度は間があった。ほんのすこしのことだけど。


「それもいない。高田さんは?」


「いなーい」


「いないのにカレシは欲しいの?」


 なんとなく言葉に詰まる。たしかに、ちょっと変かも。


 なぜかは分からないけど、見栄を張りたくなった。



「違う、いまのなし。えっと……そう、三好みよしくん! 三好くんが好きなの!」


 三好くんはサッカー部のキャプテンのフツメンだ。


 男子の中でも一番目立つグループにいる。たしかカノジョいないって言ってたし。


「そうなんだ。付き合えるといいね」


「そ、そだね」


 信じてくれたっぽいけど、ちょっと罪悪感。



 とはいえ、三好くんとは普通に話すし、べつにキライなわけじゃない。


 付き合えたら、意外と楽しいかも?


 でもなぁ、付き合えたとして、なにしたらいいのか全然分かんないや。


 なにしろ、だれとも付き合ったことがないんだから、むしろそれが自然なのかもだけど。


 あ、そうだ。



「ねえ、安芸。もしよかったら、私と付き合ってくれない?」


「えぇっ?」


 余程ビックリしたのか、その声はすこし裏返っていた。


「恋人になったらどんなことするか、よく分からないの。だから練習しようと思って」


「ああ、そういうこと」


 なぜかホッと息を吐いている。どうしてそんなにビックリしてるんだろう?



「いいけど。でも、練習ってなにするの?」


「うーん……まあ、それは考えとくよ。じゃあまたあとでね」


 ちょうど教室についたので、私たちの会話は打ち切りとなった。



 このときも、いつもとおなじだ。


 私の行き当たりばったりな性格が出てしまった。


 これが、私たちの奇妙な関係の始まりだったのだ。予鈴は、それを告げる鐘の音のようだった。

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