クラスメイトにお願いをして、恋人のまねっこをする話。

タイロク

第1話 高田さんは私に〝お願い〟をする

 私と高田たかださんの関係が始まったのは、ごく些細なキッカケ、いくつかの偶然が重なったからだ。



 一つ目の偶然は、おなじ日に日直になったこと。


 二つ目は、高田さんが私にある相談をしてくれたことだ。



 彼女には好きな人がいるらしい。相談されたのは、その人への告白の仕方だ。


 私には荷が重い質問だったけど、なんとか頑張って答えられた。



 彼女は言った。付き合えたときに備えて、練習したいって。


 それが三つ目の偶然。それからの私たちは、いっしょにいる時間がすこしだけ増えた。


 放課後、こうして部屋で過ごす。毎日ってわけじゃない。高田さんからお願いされたときだけ。


 突然始まった、私たちの奇妙な関係。


 そして、最後の偶然。



 ある日、高田さんはいままでのお礼とともに、話があるのと言った。


 曰く、ついに想い人に告白をするらしい。


 私は頑張ってねと言って彼女を送り出した。けれど……


 残念ながら、高田さんはフラれてしまった。


 落ち込んでるよね、大丈夫かな? そう持って心配したものの、彼女はあまり落ち込んでいないように見えて、私は安心した。



 そうそう、もう一つ偶然があった。私にとって、一番重要な偶然。それは……


「あれ、もうボス戦行くの? もうちょいレベル上げたほうがよくない?」


「うん。もう十分だと思うから」


「え~。でもさ、それだと勝てるか微妙じゃない?」


「勝てるかどうか微妙なレベルで戦うのがいいんだって」


「私はあっさり勝ちたい派だな~。気持ちいいくらいあっさり勝つとスカッとするんだよね」


 ストレスでも溜まっているんだろうか? 私はテレビ画面から、隣に座る少女に目を移した。



 明るい茶色に染めた髪をサイドテールにしている彼女。指定のネクタイではなく、リボンをつけている彼女。ブラウスを第二ボタンまで外している彼女。校則よりもスカートを短く穿いている彼女……


 高田さんのすべては、私とは真逆だった。


 一度も染めたことのない黒髪。指定のネクタイをしめて、ブラウスのボタンは外していないし、スカートを折って穿くなんてしたこともない。


 本当なら、高田さんは、私なんかが気軽に話せる人じゃないんだ。私のスクールカーストは、高田さんほど高くないから。



 でも、現実、高田さんは私の部屋にいる。


 彼女がフラれたあとも、なぜか私たちの関係は続いていた。ほかの人たちは知らない、私たちだけが知っている、奇妙な関係……


「…………っ」


 私は慌てて目を逸らした。


 クーラーをガンガンにきかせていても、夏の部屋は高田さんには暑いらしい。無防備にスカートをバサバサはためかせている。下着が見えてしまいそうだった。



「あ、ジュースなくなったね。新しいの持ってくる」


 誤魔化すようにコントローラーを置いて立ち上がると、高田さんはなにか思いついた顔になって私を見上げてきた。


「コーラってまだ残ってる? このあいだ買ったゼロカロリーのやつ」


「残ってる残ってる。じゃあ、ちょっと待ってて」



 高田さんを一人残して台所へ。


 うっ、暑い……もうすこしで夏休み。これからどんどん暑くなりそうだ。


 えぇっと、コーラは……あれ、ない? 冷蔵庫の中を探してみたものの、探し物は見つからなかった。


 おかしいな? 残ってたと思ったけど……お父さんかお母さんが飲んじゃったのかな?


 べつのを用意しなきゃ。高田さん、どんなのが好きなんだっけ……?


 冷蔵庫の中とか、インスタントの紅茶とかコーヒーとか、適当にゴソゴソ漁っていると、



「どうしたん? 大丈夫?」


「わっ!?」


 突然後ろから声を掛けられて、棚に頭をぶつけてしまった。


 頭をさすりながら振り返ると、そこには高田さんが立っている。



「遅いから気になってさ。今日暑いし、熱中症とか」


「へ、平気。コーラがなくってさ。ほかの探してたの」


「え。マジ?」


 高田さんは、マジか~と残念そうに言っている。炭酸が飲みたい気分だったのかな?


「じゃあ、なんでもいいよ。ホット以外なら」


 冗談めかして言った。


 結局、アイスコーヒーを飲むことにした。



「高田さん、グラス取ってくれる?」


「うん……あれ、なにコレ」


 手を伸ばし、棚からなにかを取り出す。それは大きめの一つのグラスだった。


「あー、それ……」


 不思議そうな高田さんとはべつに、私は苦笑い。


 それはお父さんたちのものだ。


 あの二人は、娘の私から見ても恥ずかしくなるくらいラブラブなのだ。


 このグラスは、二人が一緒に飲むのによく使っているものだ。


 その二人は共働きで、いまは家にいないけど。



「ふーん……」


 説明を聞いた高田さんは、あまり興味なさそうにつぶやいた。そして、


「ねぇ、これ使って飲んでみない? 私たちで」


 そんなことを言い出した。



「だって、お父さんたちがしてるんでしょ? なら恋人でもするかなって。練習になりそうじゃん?」


 来た。高田さんのお願い。


 彼女はたまに、私にこうして〝お願い〟をする。恋人ができたときの練習にって。


 とはいえ、それはどうだろうか。


 私も年頃だ。イチャイチャしている両親を見るとくるものがある。その両親が使っているものを使うというのもくるものがある。でも……


「いいけど、べつに」


「決まり。じゃあ、コーヒー注ぐね」



 部屋に戻って、足の低い丸テーブルにグラスを置く。


 私たちは、机を挟んで両向かいに座った。


「……じゃあ、飲もっか」


 高田さんが言う。私は無性にドキドキしていたから、コクリとうなづくことしかできなかった。



 まずは高田さんが顔を近づけた。それからすこし遅れて今度は私が、顔を近づけてストローを口にする。なんだか恥ずかしくて、目はつむってしまった。


 うぅ、苦い。私ブラック苦手なんだよね。みんなよく飲めるなこんなの。ていうか……


 近い。こんなに近くに高田さんがいるなんて、初めてじゃない? こんな、息遣いも聞こえるくらい近くに。


 考えたら余計に緊張しそうだから、私はもうなにも考えないことにした。



 これが、私たちの関係だ。


 高田さんにとっては、たぶんなんでもない、でも私にとっては特別な時間。



 だって、私は高田さんのことが好きだから。

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