勢いで描く群像
.Noname
百年戦争
八月も深まってきた頃、押し入れの中で、俺の爺ちゃんが動かなくなった。
爺ちゃんが押し入れで寝ているのは日常茶飯事だったし、生物がこんな状態になるのは蝉で見慣れていたので、土に埋めた。普段、蝉にもそうしてやっている。
悲しい、と云うより辛かったが、心構えは出来ていた。
戦争での負傷により、立ち上がれず、腕も使えない状態の爺ちゃんしか、俺は知らなかった。
特に、両肩の背中側の、骨が出っ張っているところの痛みは、二度と治らないと診断された。
包帯を取っても傷一つなかった、その肩の痛みの正体は、「
かつてあった体のパーツのことが、どこか記憶の隅にあり、その記憶が暴走した結果、精神が痛みを感じるらしい。
爺ちゃんの両肩には何があったのか。
それは、俺が訊く前に爺ちゃんが教えてくれた。隣に寝っ転がった、五年前の今日だった。
「実はねぇ〜、おれの両肩には、もうないんだけど、白い翼があったんだ」
俺と爺ちゃんしかいない広い家の、狭い押し入れでの内緒話で、俺は一気に世界の大きさを知った。
「別に俺達以外に聞こえないんだしさー、そんな細々話すことはないだろ。で?羽が生えてて?戦地の空でクロスボウ撃ってた感じ?」
爺ちゃんは咳払いを二回した。
「羽じゃあなくて翼。これは譲れない。おれが戦争に参加するもっと前の話だ……」
「おれは、天使だった。お前も、きっとそうだ」
「カペー軍ノルマン駐屯部隊の者です。定刻になりましたので、迎えに上がりました。ミスター・ストレプト、いらっしゃるのなら、支度を済ませて下さい」
戸が叩かれ、若い声が聞こえた。
俺はお下がりの頭陀袋に荷物を詰め、最後に石を三つ入れた。
用心棒を捨て、日差しの中に飛び込むと、俺より五歳は下の少年が、必死に敬礼していた。
「ミスター・ストレプト……」
「そう、ストレプト。それで合ってる。さっさと行こう。君が軍の基地まで連れて行ってくれるんだろ?君が速くしてくれなきゃ、進まないんだ」
俺の名前はストレプト。苗字は知らん。
これは、俺が後に百年戦争と呼ばれる、誰か遠い人の起こした殺し合いに巻き込まれるところから始まり……俺が天使であることを証明するための物語だ。
「ミスター・ストレプト、家族への別れの挨拶は大丈夫ですか?」
「大丈夫。丁度今、大丈夫になったところだ」
思わず頭陀袋をぎゅっと握り締めると、継ぎ接ぎが一つ取れた。
「そうですか。では、行きましょう」
少年兵はマニュアルだけで精一杯なのか、終始肩が強張っていた。
痩せた胴に、敬礼を止めた後も指先まで伸びたままの手が、ピタリと沿っていた。
「待てって。話しながら行こうぜ。君、年齢は?」
「じゅっ、十四です……!」
「十四?俺より三つも下かよ〜。のワリには痩せすぎなんじゃね〜の?ナス食ってるか?ナス、ナス……」
俺が知っている限りの、自分が天使かどうか知る方法
1,死ぬ。
死ねばだいたいのことは分かる。
2,遺痛の発現。
両肩の痛みじゃないといけない。ケツが痛かったら、そいつは元ケンタウロスだ。
3,全力を尽くす。
立派なことを行えば、結果は付いてくると云う考え(俺はこの考えが嫌いだ)
勢いで描く群像 .Noname @kankei714
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