第2話 精霊~「蜘蛛の糸」続編
(これは去年の「精霊の日」に因んでアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『精霊』
~芥川龍之介「蜘蛛の糸」スピンオフ~
極楽にも青い宵が訪れ、羽化した蛍たちが儚げに飛び違い始めました。
幻想的な、美しい光景でした。
蛍たちは死者の霊魂の現身で、それぞれに微妙に違った色をしていました。
暖色系は女性や幸福に死んだ者の霊魂、寒色系は男性や罪人の霊魂でした。
霊魂はつまり人間の「精霊」ですが、幽体離脱や肉体に重大な異変があったとき以外には人間には存在が意識されず、しかし「精神」の本体は霊魂なので、この「SPIRIT」がないと人間も抜け殻になってしまうのです。
お釈迦さまも夕涼みがてら、沙羅双樹の柄の団扇で、色とりどりの蛍の人魂たちをあおいだりして人間のお盆のような雰囲気を楽しんでいました。
蛍の中にひときわ邪悪な感じの、ジョロウグモのようなまがまがしい色彩のだんだら模様の光を帯びているのがあって、これはおそらくは「あの犍陀多の精霊だろうな」、お釈迦様はそう思召しなされたので、その「蛍」にこう呼びかけました。
「あーおい、蛍よ。蛍の犍陀多よ。お前もつくづく自分の業の深さが身に沁みたことだろう。もう二度と蜘蛛の糸を独り占めしようとはしないだろうな。どうだ、もう一度みなと極楽行きの登攀行を試みてみるか?」
「お釈迦様!本当にそんなことを言っていいんですか?おれがみんな罪人たちを連れて極楽に乗り込んだら、極楽は大変なことになりますぜ」
「世の中はよくできている。私にもどうなるかはよくわからん。しかし、お前の行いが世の中の道理や摂理にかなったものであれば、慈悲深い私や極楽は罪人といえども拒みはせぬ。極楽というのはキリスト教の神の国とは違って、例えば悪人正機説というのがあって、善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人おや…つまり御仏は悪人をこそ救済するのが本分ということで…」
「わかりやした。じゃあまた蜘蛛の巣の糸にすがって罪人皆で極楽に上るという酔狂な夢物語を演じてみましょうか。どうせほかに希望なんかないんだから…」
そうして、しばらくたつと、極楽に「新参者」が現れました。それは一匹の蜘蛛でした。
みんなで一緒に極楽に行こう、そう言って蜘蛛の糸を登り切った犍陀多の「上」で糸は切れず、因果応報、その足の「下」でうまく糸が切れて、犍陀多だけが極楽に入りこむことができたのです。
しかし、聖人たちや善人たちとはやはり積んだ徳が違います。
極楽のスケールで言うと邪悪な犍陀多などの精霊、魂の「格」は虫けら程度で、それがわかっているので「仏心」を持った時には、犍陀多は蜘蛛を踏み殺すことができなかった…そういう「悟り」を、お釈迦さまも「尊い」と思し召しなすったのかもしれませんが、それはそれだけのことで、いざ本当に極楽の住人となったときには、犍陀多は自分の器にふさわしい蜘蛛にしかなれなかったのです。
つまり、やはり犍陀多程度の小悪人は、極楽にいるためには「本物の蜘蛛」となるしかしょうがなかったのです…
蜘蛛はカサコソと、蓮の葉っぱの陰に潜り込みました。
そろそろ毎夜鳴り響く「祇園精舎の除夜の鐘」が鳴り響き始めました。
極楽もまた新しい一日を迎えたのです。
<了>
お盆随想 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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