二人

「日向。3ミリ浮いてる」

「へっ? あ、あぁ~……すまん」


 興奮する気持ちを抑えきれなかった。


 だがそれも無理はない。今日は三都巡りの日。年に一度、完全に人間の姿になれる生徒だけが学園の外に出られる唯一の日。 

 自由時間の中、班行動の中、全体での動きの時も小さいときから仲の良い香織と一緒に行動できることが確約されている日向を止められるものは最早いなかった。


 さらに丁度J国で最も歴史があると名高いベラ・ラガッツァ教のカリノ大聖堂の前で解散したのだ。つまり、ここから自由行動ということ。


「幸せだ。生きていて良かった」


 太陽は輝き、雨は降り、狐の嫁入りのようなお天気雨に打たれ、光の雫が憧れの東京の景色をより曖昧に仕立て上げる。


「傘ぐらい差しなさいよ」


 常に冷たく、問題を起こした生徒にも淡々と対応する香織の、珍しく出した呆れたような声と共に、体に落ちる宝石が遮られる。


「せっかくお天気雨が降ったんだよ! 学園の中じゃ見られない、そして普通に過ごしていても一年に見るか見ないかぐらいのお天気雨を、光の雫を、宝石を体で浴びないだなんてナンセンスだよ!」


 肩がぬれても一緒に傘に入れてくれている香織に向かって言った。


「はいはいそうですね。それじゃあ勝手に風邪をひいて、寝込んで、三都巡りの間ずっと学園で看病されていればいいと思うんだけど。どうする?」


「まあ、宝石といってもただの雨だ。雨はいつかは止むように、この幻想もいつかは崩れ去る。その時に残るのは衣服が体にへばりつく不快感と、なんて無駄なことをしたんだという虚無感だけだ。そういうわけでお言葉に甘えて相合傘をして三都を巡ろう」


「いやアンタ馬鹿じゃないの? 自分の傘は? 出発する前に荷物確認して、ちゃんと折り畳み傘入れてたでしょう。あれはどうしたのよ」


 香織の方が完全に傘の中に入った。


「折れた」

「折ったの間違いではなくて?」


 これなら二人とも濡れずに三都巡れるなと思いつつ日向は答えた。


「折れないかなって思って折り畳み傘に力入れたら折れちゃった」

「つまり、折ったということで間違いないのね」


 漫画ならオノマトペが入っているであろう怒りを出しつつ香織は言った。


「いやですね、わたくしといたしましては本気で折るつもりはございませんでした。本当でございますよ。ただ、ちょっと好奇心で、折れないかなと思って力を加えたら折り畳み傘が折れたわけですよ。分かりますか? 奴が勝手に私に白旗を振った訳なんでございますね。つまりわたくしを責めるというのは違うと思うのですよ。攻めるならあの軟弱物の折り畳み傘をですね……」

「そう。物を大切にしない人なのね」


 何に対してもくじけない日向のガラス、サファイアガラスの心に即死ダメージが通った音がした。


「すみませんでした。もう二度としないので許してください」


 学園で買ってあげたアイスクリーム(二段)を落とした時と同じ顔なのは解せなかったが、悪意があったわけではないと知っていた。


「もういいわよ、今度から、ちゃんと物を大切にしなさいね」


 二つ目の太陽、出現。


「ごめんなさい。もう絶対しないから」


 抱きつく太陽、暑苦しい。

 雨は空気を読んだのか読まなかったのか、いつの間にか止んでいた。

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くろれき(4人入る前) ぼちゃかちゃ @55312009G

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