第7話
覚悟を決めて騎士の後についていった二人だが、想像していた様な事は、起こらなかった。それどころか、連れて来られた屋敷の主に今、頭を下げられている状況だった。
「あなたを力のある海賊船長と見込んで頼みがあります。娘のお守りを、してもらいたいのです」
二人は、急な話を理解できずにきょとんとした。
「あの…話がよくわかんねえし、あと、あんた誰よ」
「これは失礼しました。とにかく一刻も早くと気が急いてしまいまして…」
小柄な男があたふたとしていて、この屋敷の主としては随分不似合いだなあとラングは思った。
「私はセシアナ・ティマリアといいます」
キャプトがああ、あの。と言ってラングは驚く。
「えっ、キャプトさん知ってるんですか? 有名な方なんですか?」
「おお、黄金持ってラルフに来たティマリア家つったら結構有名だぜ」
それは話が早いとセシアナは微笑んだ。
「で、そのティマリアさんが何だってこのオレに子守なんて頼むのよ」
「ええ…ちょっと凶暴でして…」
二人は首を傾げた。確か、娘だと言っていた筈だ。
「今、呼んでまいります」
セシアナはそう言って、部屋を出ていった。
「しっかしすげー部屋」
キャプトが大きく伸びをしてテーブルに足を乗せると、ラングに怒られた。
「子守ならちゃんと適任者がいるでしょうに…何でキャプトさんなんでしょう」
「この海賊船長様に頼んでるんだ、きっと、女じゃ手に負えねぇ子供なんだろ」
「なら、ここに雇われている騎士にでも頼んだらいいじゃないですか、何もこんな素性の知れない、しかも海賊に頼まなくても…」
「おぉい何か言ったかてめえ‼」
「ああもうっ、屋敷内で騒がないで下さいよォ、なんでもありませんよォ」
ぐいっと胸倉を掴まれたラングは慌てて弁解する。
その時、向こうの方で子供の騒ぐ声がした。
「なんだよっ、何でパパの客になんか会わなきゃいけないんだよ‼」
「ああもうっ、屋敷内で騒がないで下さいよーぉ」
キャプトがラングの口真似をして、ニヤッと笑う。
「何だかすげー娘だな」
「…あの声の主が、子守の相手ってことなんですかね」
自分の真似をされてむくれるラングがそう言うと、扉が開いた。
「お待たせいたしました。ちょっと反抗期なもので…」
セシアナは引っ張ってきた子供を、二人の前へ出した。
「シェリアナ・ティマリアです。どうかシエナと気軽に呼んでやって下さい」
むすっとした表情で二人の前に現れた少女は、後ろ髪がツンツンと跳ねている短い赤毛をした、小柄な可愛い子だった。
…口を開かなければ。
「あたしはこいつらと関係ないだろっ!」
「シエナに関係があるから、こうして連れてきているんじゃないか」
「あたしこんな悪っそーなキツネ目と、ぼさっとしたのほほん坊やになんか関係ないもん!」
「あはははは、のほほん坊や‼」
まさにその通り! とキャプトは手を叩いて大笑いした。
「すっ、すみません、女の子のくせに、口が悪くて…」
「構わねーぜ、こういう方が、オレは好きだ。気ィ使う必要ねーし」
もともと使う気なんかないくせに…とラングは心の中で呟いた。
「ああよかった、それではシエナの子守を、お願いできますか?」
セシアナが言い終わるや否や、シエナはセシアナの方を振り返って怒鳴った。
「何だよお願いって! あたしをここから追い出すのかっ⁉」
「大人しくしなさいシエナ。決まるまでの辛抱だから」
何とかなだめようとはしているらしいが、どう見ても言い争いに近かった。
「あの…あんまり無理強いは…」
ラングはちょっとシエナの事が可哀想に思えてきて、遠慮がちに言う。
「無理強いでも何でも、とにかくお願いしたいのですよ」
「…まさか子守とか言って、僕たちにその子を押し付けっぱなしにするつもりじゃないでしょうね」
娘と言いつつ邪魔者扱いしているように見えて、ラングは眉をひそめた。
とんでもない! とセシアナは両手を振って否定する。
「あのまあ…ちょっと訳アリで…」
「ハッキリ言えばいいだろっ! 女の為にあたしが邪魔なんだって!」
二人の言い争いにオロオロするラングとは反対に、すっかりこの子供の口の悪さが気に入ってしまったキャプトは、おもしろそうに二人をみていた。
「…実は」
セシアナは仕方なく。といった風に話し始めた。
「この子の母親であり私の妻でもある人は、私たちがこの地に来る前にはもう亡くなりました。妻の死をきっかけとして私はここへ黄金を持ち込みここへ居住を構え、だいぶ落ち着いた暮らしを取り戻せました」
セシアナはそこでシエナの方をチラリと見た。
「落ち着いてきてふと、この幼い子にはまだまだ母親というものが必要なのではないかと思う様になり…」
「嘘つけ! あたしは新しい母さんなんかいらないんだ! パパが欲しいだけなんだろ⁉ あたしのせいにするんじゃないよ!」
セシアナは苦笑いをしてキャプトたちを見た。
「…この調子でして、一度として相手の女性とまともに話したことがないのですよ。いつもこの子が邪魔をしに入ってきて…」
「はあ…それで、邪魔されないように僕らに預けようと…?」
「ええ…」
セシアナは少し申し訳なさそうに頭をかいた。
「勿論、うちの騎士に頼もうと思ったのですが…こういう子守の類のものは受け付けないと言われましてね…。まあ、この子の性格を見ていて、手に負えなさそうだから断ったというのもあるのでしょうけれど」
「…なあ」
今までずっとセシアナとシエナを見ていたキャプトが口をひらいた。
「何でオレの名前、知ってた訳?」
すっかりリラックスしているキャプトは、ソファにふかぶかと座って足を組んだ。
「アシュタール海のキャプテン・キャプテンっていやぁ、海のヤツは大抵知ってるんだけどよ、ハッキリ言って陸ではそんなに名が通ってる訳じゃねえ」
「襲われた船員が悪行の数々を言いふらしてるんじゃないですか…? あ痛ぇ!」
手の甲をつねられたラングが腰を浮かせて痛がった。
「キャプテンさんは、クアトリー国の生まれでしょう」
「…何で知ってンだ」
「私よくあそこの港町には出入りしてたんですよ」
「クアトリー…」
ラングは船の床板に描いた地図を思い出す。
今居るラルファーから海を挟んで南が黄金で有名なレウス国。多分セシアナはここから黄金を持ってラルフへと渡ってきたのだろう。
そしてその東がリオス国、そして更に東にあるのがクアトリー国だった。
「クアトリーの港では、キャプテンさんは有名なんですよ」
「まーな、お頭の寄港場所は主にそこだったし、オレの生まれた町でもあったし。寄港する旅に土産話を聞きたがったから、あそこの人間はオレの事を良く知ってる」「あの国を出入りする度、あなたの話が耳に入るんですよ。数々の武勇伝が」
キャプトは得意そうに胸をはって、どーよ、とばかりにラングをチラチラ見る。
「そしてつい先日、またあなたの話を聞いた時にふと思いつきまして…子守というか、護衛にいいのではと。このような性格の娘ですがティマリアの娘ですから、誘拐されてしまうことも頭に置いて、力のある頼りがいのある人に頼みたかったのです」
「誰がこんなキツネについていくか! こいつの方に誘拐されちゃうよ絶対!」
「黙りなさいシエナ」
ラングはキャプトのあまりの言われ様に笑いをこらえた。
「キャプテンさん、多少手荒でも構いませんので、どうかよろしくお願いしますよ」
「ちょっ…押し付けるなよ何勝手に話終わらせようとしてるんだよ!」
シエナの抵抗に、やっぱり無理強いはヤバいんじゃないのか? とキャプトが言おうとした時、セシアナが言った。
「勿論お礼はたっぷりします! 何とかなりませんか」
お礼、という言葉に、キャプトは反応した。
「いやーどんなオテンバもどんと来いって感じですかぁ」
「えっ⁉ キャ…キャプトさんっ⁉」
安請け合いはまずいんじゃないですかと腕を揺さぶるラングの言葉が耳に入っているのかいないのか、キャプトは更に続けた。
「実は子守、得意なんスよー、お願いしまーす」
ああ…とラングは頭を抱えた。
目の前の事しか考えない男と、手の付けられない少女。一番大変なのは、もしかしたらラングかもしれなかった…。
Sea Paradise ~Voyage to my dream~ 成島柚希 @yuzuki-baby
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