第6話

「でも…これからどうするんです? 無一文なんて…」

 ラングが歩きながら、キャプトに言った。

「どうって、これだけ広い街だ、働き口ぐらいあんだろ。何たって首都だぜ?」

「働…何…の?」

「皿洗いとかよ」

 ラングは呆れて、口をぽかんと開けた。アシュタール海の海賊船長ともあろう者が、飲食店での下っ端、皿洗いとは…。

「…それだったら、さっきの酒場で雇ってもらった方がよかったんじゃないですか?」

「おお! アッタマいいなお前!」

 ポンと手を打ったキャプトだが、急に眉をしかめた。

「いやいやっ、これ以上お世話かける訳にゃあいかねえ」

 ラングは眉をしかめた。大方、一度出て行ってすぐ戻って来るのはバツが悪いといったところだろう。思わずボソッと言った。

「恰好つけだなあ…」

「おお⁉ なんか言ったか⁉」

 勢いよく振り向いたキャプトに、ラングは慌てて首を振った。


「んでよー、できれば調理場の方がいーんだけど。料理作れるし」

 結局、皿洗いという考えを捨てきれなかったキャプトは、町で一番大きなレストランに来ていた。

「料理経験があるのね? どれくらい」

 支配人が、キャプトを眺めまわして、ツヤツヤの髭を撫でた。

「どれくらいっつーか…まあ、たまぁに? 気が向いたら水夫たちに飯をふるまってやるぐらいかなあ」

「水夫? なにあんた船の料理長かなんか?」

「ちげーよ、海賊船の船長様だぞオラァ」

「キャプトさんまずいですよ海賊船は‼」

 隣に座っていたラングが慌ててキャプトの袖を引っ張った。

「お、おお…そうか…。じゃあ、料理長って程は料理はしねえな、うん」

 支配人は暫くキャプトを疑わしそうな目で見ていたが、特に害はなさそうだと先を続けた。

「じゃあ、まあ、とりあえず暫くは皿洗いでもやってもらおうか。こっちへ」

「見ろ、やっぱ皿洗いだ」

 得意そうに言うキャプトに、ラングはハイハイと相槌を打つ。

 やがてたどり着いた部屋に入り、二人は口をぽかんとあけた。

 思っていた以上の洗い物が、二人を圧倒する。

「…何じゃこりゃオヤジ、これをオレが全部やれってか⁉」

「キャプトさん! オヤジはだめですよ!」

 どうやら皿洗いの働き手は、随分と足りない様だった。暴言を吐かれても仕方なしにキャプトを採用する位に。

「しゃーねぇ、金のためだ!」

 支配人が出て行ってから、キャプトは腕を回して布を握った。

「わっ、それ汚れ物の水ですよ! ちゃんときれいな水で流して下さい!」

「うるっさいなァ、お前もさっさとやれ」

「やってますって! あっちょっと! 何床拭きでお皿を拭いてるんですか!」

「なーんだよいつもやってる通りにやってるだけだろ⁉」

 海賊船ではまさかこうだった…? とラングは顔をひきつらせた。

「もー僕がお皿を拭きます! キャプトさんはどんどんと洗っていってください! 勿論、きれいな水で!」

 きれいな布を探して戻ってきたラングは、キャプトの横に乱暴に積まれた洗いたての皿に、ぎょっとした。

「ちょっ…何もそんなに積まな…」

「おうラング、さっさと拭い…」

 手を挙げたキャプトの肘が、積まれた皿に当たる。うわあと大声を上げてラングは、ぐらぐらと傾き始めた皿に向かって、走り出した。

「…うひょー、ナイスキャッチ‼」

「何がナイスなもんですかっ‼」

 両手にお皿を持ったラングは怒鳴った。

 彼の足元には、無数の皿が無残にも割れて破片が散らばっていたのだった。


「…見ろ、追ん出された」

「…ソレ、誰に言ってるんですか…」

 結局、皿を割った音に飛んできた支配人にすぐさま追い出された二人は、グチグチと文句を言いながらあてもなくブラブラしていた。

「ま、追い出されたモンはしょうがねェ、別の皿洗い探そうぜ」

「だから何で皿洗いにこだわるんですか。大体別のって言ったって、皿洗いなんてどこも大体同じです」

「…じゃあどーすんだよ、金稼げねえじゃねーか」

 二人して揉めていると、一人の男が近づいてきた。

「あの…」

「何だようるせえな! 今取り込み中だ! 邪魔すんな!」

「ちょっ…キャプトさんっ」

 男の持っている盾に紋章が入っているのを見つけ、ラングはキャプトの口を覆った。貴族の証である紋章の入った盾を持つこの男はおそらく、その貴族に雇われている騎士だろう。

「キャプテン・キャプテンさんですね」

「げっ、何で本名…」

 力のある貴族なら、キャプトたち海賊を町から追い出すのは簡単な事である筈だった。キャプトはこれ以上不利にならない様、大人しく騎士に従うことにした。



 二年程前、親睦を図る為に、ラルファー国から海峡を挟んだ南にあるレウス国から、黄金を持った男が首都ラルフへとやってきた。

 その頃のラルファー国は貧困の時代にあり、また作物も育たず他国から輸入しようにもそのお金がないといった状況だった為、贈与されたこの黄金はとても喜ばれた。

 そしてその黄金で、ウリフ国の農産物などを買うことができ、貧困の時代を乗り切るきっかけとなったのだ。

 この売買がウリフ国との同盟への繋がりとなり、男は感謝のしるしとして立派な屋敷を贈られ、ラルファー国民としてラルフ西海岸近くのその屋敷で暮らしている。

 男の名は、セシアナ・ティマリアといった。

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