麒麟児夢幻騎行

 乱世の歴史でもイビルディア帝国首都パンデモニウムが、攻撃を受けた事等数える程しかないであろう。

 その一つが今この瞬間。

 主犯者二人は一度のみ、落とされかけたのも一度のみ。

 前者に至っては二度あったら大問題であろう。

 噴水広場を前に一対一タイマンは終わる。

 雷閃の二つ名を持つ男が、イビルディア帝国大将が力なく地に伏せた。

 二つ名に違わぬ圧倒的なスピードに、ただ拳を置いて対処したのは一翔。

 この場にいる全員に、あえて殺さず。という手抜きを見せた存在の二つ名は鳳凰。

 故に帝国の人間は震え上がる……コイツがその気になれば殺されると。

 まぁ、彼からすればこれより早い、神速と言っても違わない存在を知っているから合わせる事等簡単な……訳が無く。

(これより上が後三人か……まぁ次を相手にしたところで良くも悪くもタイムアップかな。)

 だが、切った手札は二枚……いや見せつけた。と言った方がいいか。

 そんな見た目以上に圧倒的な強さを見せる小男に魅入られた存在が一人。

 目線が同じくらいなイビルディア人の小男が、帝国が誇る元帥が威風堂々と前へ!

 暴魔と鳳凰の戦いは別の作品に任す。という事で……主役パート。


 ウオッ!速っ!増えてない?怖っ!知らんふりしようと……口にされた事もあり、帝国の治安と労働意欲を疑うは進矢。

 誰にも喧嘩一つ売られる事無く彼は悠然と神の居城を目指す。

 道は知っているのか?と言う疑問には、どこからどう見てもこれだろう。と言いたくなるデカイ建造物が答え。

 まぁ流石にここは守りが硬いだろうし、と戦闘を覚悟する進矢の前では……

「おいおいゲヘンナ広場でベルゼブブ元帥が苦戦しているらしいぞ。」

「はぁ?そんな膨大な数が入ってきたら、とっくの昔にイビルディア全体が臨戦状態だろうが……えっ、もしかして一対一タイマン?命知らずにも程が無いかソイツ。」

「いやでも凄い技量持ちみたいだぞ。ホーホー?とかいう可愛いニックネーム持ちのチビらしいし見に行こうぜ。」

 ウオオ!急げ!と言わんばかりに警護の兵が出ていく。


 作戦。とは口に出す気もおきないレベルのモノが、上手く行くとここまで怖いのか。と麒麟児は心から思った。

「進矢君、とりあえず私が将官の一人や二人ボコって注意を引きつけるから……その間に女神を拐ってくれ。そうすればイビルディア帝国の人間は全員言うことを聞くはず。じゃないと宗教国家として間違っているし、と言うわけだからできるだけ速く頼む。」

 最初聞いた時は、俺と一翔さん以外でこの案を実行する奴は……いや思いつく奴すらいないだろうな。と考えつつ麒麟児は入城。

 鍵も閉めないのか。と呆れる暇はここから無くなる。

 

 その中では白服二人が双方の部下を前にして何故か……

「俺の妹と結婚しろ!惚れさせた責任をとれ!!俺を見ろおおお!!!」

「いや九歳はマズいだろ。何で同性の幼馴染にここまで執着されているの?」

 殴り合って……いや一方的に因縁をつけられた。

 えっえ?あっ!俺は通るだけなんで!失礼しまーす。と何かを勘違いした進矢は、嘘をつき横を本気で走りぬけた。

 ハッヤ。絶対勝てないし無視しよう。という言葉がモブたちから複数あがり。

 いやいやこれは流石にマズイだろ。と当たり前は七十二の名家が養子から、俺を見ろおおお!!!とおかしさは七十二の名家が嫡男から。

 厄災を共に戦う縁が、こんなしょうもない無い展開で結ばれたとは誰も思いたくないであろう。

 何なら演者すらコレでいいのか?と思っていた史実。

 それでも階段を登る足は止まらない。

(こんなに頑張って走ってもカットだろうな。)


 案の定最終局面。

 進矢の前にはラスボス。

 防御を固めた怪物の隙間……即ち意識外たるガードされた部位にただの前蹴り!

 固めようと貫通するダメージを与えれば関係無い。と言わんばかりの一撃!

 それだけでベルフェゴール大将は壁にぶつかり、ズルズルと落ち、情けなく尻は地面にペタン。

 決着、殺す必要も無し!と言わんばかりに麒麟児は……さらに上を目指そうとする。

 その時ベルが言葉を発した。

「その男はガザールの巨人を殺しているわ。」

 たった一言で進矢は振り返る。

 最強の雄を相手どるラスボスは女。

「調べさせてもらったけど貴方の父親を殺した相手よ。だ〜れも責めない、仮にもし責める奴がいても殺せばいいじゃない。綺麗事をほざいた以上……ソレに殉じる覚悟はあるでしょうし、何よりも強い。ってそういう事でしょ?ワガママを自分の意思を貫き通し続ける事……女の見解だけど間違っているかしら?」

 脈々と注がれた毒。

 人が最も残酷になる瞬間たるは正義!

 

 現実と真実に裏打ちされて尚!己を保てる者がどれだけいるであろうか?

 強姦された被害者が加害者の死を願うのは罪であろうか?

 その二つに麒麟児は、セっちゃんが悲しむからしない。の一言。

 そもそも彼は認知してくれなかった父親が大嫌い。

 親子の情より性欲を優先する程薄っぺらい関係。

 血の繋がらない父親と仲がいいラスボスにはそれが理解できるはずも無く。

 ソレでも!というベルの発現に、煩わしさを覚えた進矢が怒りを向けた瞬間。

 権威も金銭も地位も人脈も……全てを消し飛ばす生物としての強さが発せられた。

 そう周りに恵まれすぎたベルは感じ取ってしまった……暴力という概念を司る正真正銘の現人神を……

 そんな神域にある暴の前に妻を立たせている事を恥だと思わない奴に……夫を名乗る資格は無い!


「おいクソガキ。何!人の女怯えさてやがる!!!」

 惚れた女を守ろうとする気持ちに始まりの清濁は関係ない!ただ大小多少の概念があるのみ。

 怪物が絶対強者にもう一度挑みかかる理由等。

 男のくだらない意地……いや生存本能すら超越した真実の恋であろう。

 が、下の理屈等上には関係ない。と言わんばかりに裏拳が一撃。

 ソレでも歯を食いしばり意識を保ち、大将は立ち上がろうとする。

 毒がきいた訳でも無く、復讐の熱にうなされている訳でも無く、ただオスガキ特有の気まぐれが、中二病特有の全能感が進矢を支配し……目的と達成条件を忘れさせた。

 ただ一つある問題は彼が最強の雄であること。

 壊す事に関しては……何一つイキリという概念に当てはまらない事。


「セっちゃん悪い。あと名前も知らないオバさんさっきの発言やっぱ無しね。復讐する気はサラサラ無いけどこのマッチョおじさんは殺す。君を崇めるイビルディア帝国の人間には死んで欲しく無かったけど……結構強いみたいだしアンタは死ぬまで止まらないだろ?久しぶりに人間を本気で殴ってやるよ。あぁ安心しろ身内が分かる程度には顔の形をのこしてやっから。……できれば一発目で死んでくれよ。」

 同性相手に絶対強者が意見を、信念を曲げた!

 まぁ、この程度で勝利だの敗北だのと喚く人間は……な〜んも知らないのであろう。

 この惑星は暴力を軸に回る。

 ただそれだけが真理。

 事実足取りフラフラな怪物を前に、麒麟児は悠々と天賦を注ぐ事を決定した。


 自分の人生を滅茶苦茶にした男が死ぬ。

 このまま放っておけば、夫はより強い者の手にかかり殺される。

 どうでもいい存在から向けられた好意。

 その悍ましさ等……一物ぶら下げた性には一生理解できないであろう。

 が、その好意に殉じる覚悟を!惚れた女のためになら命を捨てれる。というモノを現物として、嘘偽り無き行動で見せられた以上。

 それを馬鹿ね。で済ますには……あまりにも世間体が悪く、名残惜しいモノがあった。

 元女神の前には麒麟児。

 それは現世の理を形にしたモノ。

 自分と夫の間にあるは醜悪な過去という壁。

 だからこそ先が見たくなった。


 試合終了のゴング代わりに音が一つ。

 その発生源はラスボスが投げた鍵。

「セレナに会うんでしょ?ドアを壊されたら困るし、邪魔が来ないようにくらいはしてあげるから……早くお行きなさい。」

 邪魔になりそうだし殴り殺してからじゃ駄目かな?と言わんばかりの顔をする主役。

 それから夫を守るように……ベルは正面に立つ。

 真実の愛を示す行為に合わせて、叔父……父親の義弟を殺されて喜ぶ様なサイコ女神にセレナは見えるの?と諭すような口調。

「それは無いですね。セっちゃんは頭おかしくて常識も無いし、凄まじく傲慢不遜なだけの自分を神だと思いこんでいるイタイだけの可愛い女……ただそれだけの人ですから。オバサン鍵をありがとう。しっかりと邪魔者の足止めをお願いします。」

 本当に無知って怖いのね。とベルに思わすは、宗教国家に来て平然と現人神サタンを人間扱いする麒麟児。

 本当に殿方って単純なのね。とラスボスに思わすは、馬鹿正直に一番上を目指す進矢。

 彼の心内はまさしくヒロインを救いに来た主人公。

 が!麒麟児の二つ名を冠す進矢は、もう一度負けるという史実がある。

 ラスボス戦で土がつかなかった以上……別の誰かに屈しなければならないのだ。


 ヒロインたるセレナがいる部屋の扉が、裏ボスを務める現人神サタンが待つ決戦場の入り口が……鍵の効力と最強の雄によって開けられた。

 そこは真っ白な世界。

 最低限の物と……数多の肖像画が並ぶだけの場所。

 その一番端に、真新しい進矢の愛した顔がある事等言うに及ばず。

 それ以外に……人目を引くモノは特になく。

 神域はどこまでも……人の理解できる形をしていなかった。

 そこに顔以外の露出を拒絶したファッションの影。

 歴史に最後の女神として名を刻む存在、セレナ・サタンがそこにいた。

 エクストラバトルは殴り合いにあらず……ただ出会ってから今までの積み重ねを競うのみ。

 そもそも異性間の戦い等、どんな理由をつけようと惚れた方が負けなのだから。

 どれだけ強かろうが相手を求めている時点で下なのだから……ここまで来ている時点でそもそも主役は負けていたのかもしれない。


 それでも人生は進む。

 分かりきった結果でもまだ見えぬ故に。

「そうですね。別れの言葉すらシッカリと口にしてませんでしたから、あれだけでは足りませんよね。……まずはシン君久しぶりですね。」

 神力を取りどしたセレナの目が加害者を写した瞬間、少し媚の色を取り戻す。

 それが最強の雄に引け目を感じさせる。

 そして側に取り戻したい。と強く願わす。

 女神の前には麒麟児。

 久方ぶりに双方の視線がぶつかった。

「あぁ、本当に久しぶりだね。いろいろ言いたい事があるんだ……だから本当に頼む!別れ話は少し待ってもらえないか?」

 最強の雄を相手どるは最後の女神。

 圧倒的な有利盤面とホームグランドの万全状態が神力をみなぎらせる。

「いえもう話す事はありません。……女神わたしを力づくで妻にした人間風情が。残念ながらこれで離婚は成立だ。そしてせめてもの慈悲だ此度イビルディア帝国で起こした事は寛大な処置をしてやる。二度めは無いからな!普通はもう少し人を連れてくるものだからな!本当に最初から甘やかせば殿方がつけあがる事を教えたのは貴公との日々であろうが。」

 

 一度屈したという事実を……経験と拒絶にかえて、傲慢にして不遜なるは現人神サタン

 その顔も、表情も進矢は好きになり、もっと欲しいと思わせた。

 そして視線を落とした先には豊かな胸と尻に……反比例するかの様に引っ込んだ腹

 彼女の全てが幾度も幾度も夢に出る程に……だから今ここにいる。

 着たくもない礼服をきてまで。

「ええ、寛大な処置ありがたく。ただ我が心の女神よ。他人になった身故……一つ進言させていただこうと思います。」

 よかろう。と大好きな声に促された事もあり、麒麟児は己にまかれたネクタイをゆっくりと己の手で締め上げる。

 首が締まる感覚は嫌いだが……これを受け入れなければ先は無い!


 後悔する男がこれより行く道は一つだけ。

 最強の雄が持つ交渉のカードも一つだけ。

「俺のワガママを聞いていただけるまで……イビルディア帝国で暴れ続けます。」

 はぁ?という疑問には、俺の意志が通るまで人を殺し続けます。と付け足した後……それが嫌ならもう一度やり直す機会をいただけないでしょうか?と真意を口にした。

 もうメッキはボロボロにはげ最後に残ったのは、ただ他は不要と思える程に恋い焦がれた事実のみ。

 それは世間体に敗北した過去を反省し、麒麟児が克己した結果。

 馬鹿の改めるがもたらすモノは……改善で無く改悪。

 やる気だけはある無能がいかに害悪かがよく分かる逸話。……まぁ、彼は行動力プラス破壊力でもっと質が悪いのだが。

 どんな理屈を並べようと進矢はどこまでいっても強いだけ。

 最強なだけの存在ができる事等、選べる事等……壊すだけ。

 これは無論交渉にあらず、ただの腕力まかせな脅迫である。


「シン君は最後に何を言ってくれるのでしょうか。と少しばかり期待したが……流石に思い上がりも甚だしい!貴公がイビルディア帝国を一人で殲滅できるのは成長曲線的に一年後!いや男児三日会わざれば……フフフ後三ヶ月もせずにそれくらいはできそうか。だが今は無理であろう?自分でも本当はそう思っているはずだ。一度は愛した男……いや腹に宿した子を思えば殺したくはない。そもそもイビルディア帝国の九割五分を機能停止にされては困るしな。」

 強者は弱者の匂いを感じ取った。

 だからこそ、一瞬で距離をつめ力だけで押し倒す。

 痛くならない様に配慮を忘れないのは雄のエチケット。

 現人神への未練を捨てて俺の妻になります。って言えば全部解決するのに……セっちゃんは何で分からないの?とは、どこまでも加害者の弁。

 痴れ者が……という被害者の言葉は最後まで続かず。

 人体の都合上、口を塞がれて音がだせる訳も無く。

 性差や個体差という言葉がアホらしくなる程の、圧倒的な膂力を前に……一度屈した事を覚えているのか足掻きもしない。

 女神であろうと純然たる暴力の化身……即ち最強の雄に組み敷かれればこの程度である。

 鼻息と無呼吸の時間が神力を奪っていく。


 頃合い。と言わんばかりに、上が下から己を離そうとした時……両脚が絡めらている事に気づく。

 とうぜん底にあるモノは、取り繕いも神力も無い純然たる地金。

 即ち完全なるセレナの本性。

「ごめんなさい。正直に言って良いのならば私はシン君を愛しています。隣で笑っているだけで苦役から逃れ幸せになれる事も分かっています。それでも……ごめんなさい。滑稽だと思われても女神わたしは女神を現人神サタンを若く美しい身である限り勤め上げたいのです。だから妻になる事はできません。」

 あぁ、本当に凄い女性だと思う。

 どうでもいい安寧よりも、したくてたまらない苦難を選ぶ。

 そこで起きた感情は性別を超えたモノ。

 逆の立場なら俺には出来ない生き方だと……だから尊敬してしまう。

 最強の雄は今この瞬間に……愛した女の神化という予想外の裏切りに屈したのだ。

 だからこそ未練を出し尽くす。

 そう言わんばかりに最愛の人を見る。


 本当にコレで満足していれば……ゆっくりと進めていればと麒麟児の顔には後悔の色。

 自分を見つめる瞳に、作ってしまった色に……嫌な思いをさせてごめんね。と口にするのは進矢。

 もう敗北を濁す気すら無い最強の雄は決めていた。

 出しきれなかった未練に向き合おう。と己がやった行為を背負って生きようと。

 より名残惜しそうにしているのはどちらか分からない。

 が双方の表情は同じ色。

「今までいい夢を見せていただきました。俺はきっと女神様に……失礼ながらセっちゃんにお別れを言いたかっただけなのかもしれませんね。子供が産まれた時は連絡ください。どんな結果でも俺は喜んで従いますので。」

 世間体に負けた一度目とは違い、どこか澄んだ気持ちをもたらすは、愛した女神から喫した二度目の敗北。

 脳内麻薬がきれた瞬間、いや思い出すたびに頭を抱える事は後悔を知った故彼にも分かっているが……それくらいは我慢する覚悟を持たなければならない。


 その傷が誇れる人生を歩めるように。

 だから負け犬にだって意地がある。

 見苦しい遠吠えをするよりも、少しでもいい印象のまま終わらせたい。という下らない男の意地。

 だからこそ心変わりした……いや秘めたモノが吹き出た異性は逃さない。

 弱気につけ込むための折衷案も、即座に準備済み。

 勝機と言わんばかりに、上が立ち去るために、解放した両の手を首輪の様に絡ませる。

 エッ!という戸惑いが、天性の捕食者に感情の底値を知らせる。

「いろいろ言いましたけど……シン君さえ良ければもう一度女神わたしの愛人になる気はありませんか?」

 それは振り出しやダカーポを思わせる提案。

 急な現人神のデレに感情の振れ幅は最高値を更新。

 ギャップに脳がおかしくなった麒麟児は、えっ、えっ?えっ!?とバグった挙動。


「イビルディア帝国に帰って改めて他の殿方をみたら……そのー貧相で矮小で小柄で伸びしろが無く……ええ分かっております。言ってはならぬ事だと比べてならぬ事だと!分かっておりますが本能が嫌だと騒がしいのです……まぁ早い話がシン君を知ったせいで授かりの儀をしたいと思える殿方が他にいなくなっておりまして。若い貴重な時間にできるだけ空胎は避けたいので……妻にならないと意地をはる女神わたしはお嫌いでしょうか?」

 おっ、おおお!!と単純に喜び始めたのは愛称で呼ばれた少年。

 いえいえ大好きです。と笑いながら口にするのは、敗北でバキバキに心と脳が折れてしまったからであろう。

 まぁ、他の男より貴方は凄いです。と愛する女神様に言われて喜ばない雄はいないだろうが。

 もうこの時点で勝ち確だろうが……ダメ押しの一手がうちこまれる。


 追撃は男の責任感をつく一言。

 終の一撃は雄の望みを貫く一言。

「それに産まれてくる子供も両親が側にいてくれた方が嬉しいでしょうし……シン君が女神わたしの愛人になるだけで二人も確定で幸せになりますよ。」

 離れて暮らしたら顔も覚えてもらえないのか。という悲しい気持ちと、シングルファザーこなせるかな?という純然たる不安。

 産まれてくる我が心に対する悩みを、全て余すことなく一発解決する手段を……女神は啓示。

 そこまでされた人間の心に意地や誇り等残るはずも無く。

 いや、それを向けるべき場所が提示された以上、突き進むが男の本懐。

「セっちゃんこれからも末永くお願いします。俺も愛人として、子供の父親として精一杯頑張るよ。」

 アッサリと思考を放棄、後悔も苦悩も世間体も面倒なモノを他者に投げるのは無能の悪癖。

 この瞬間に格付けは完了した。

 下が上に従うという当たり前。

 人間が女神に従うという当たり前。

 その程度の摂理で、最強の雄を縛れると本気でお思いか?

 何ならソレで一回失敗している事を本人が忘れるとお思いか?


女神わたし現人神サタンである事等疑いも無い真実ですし、勿論多くの制約をシン君には課しますが……」

 あえて、止めるのは反応を伺うため。

 当然、愛称で呼ばれた最強の雄は……代わりに何をもらえるんだろう?と露骨にソワソワし始めた。

 それはもう期待を胸に、ワクワクが止まらん!と言わんばかりに……ここで脳の期待値以上を叩き出せば、美味い餌をチラつかせば単純な雄は一生逆らわなくなる事等目に見えている。

 だからこそセレナは目で答えた。

 性癖というモノは簡単に変わらない……事実その媚を含んだ色が、どんな理由をつけようと、間違いだと分かっていても進矢は好きだった。

 人が神になることはできなくても……逆は遥かに簡単である。

 常に周りから見られ、望まれ、改善を繰り返した女神はそれを証明した。

 上が下に合わせるしか出来ない様に、それはためらいも無く……プライドさえ捨てれば簡単な事。


 だが男には、誇りを一時的にでも、自主的に捨ててくれた。という事実が効果抜群。

 この目をシン君にしか見せない。と、これから授かりの儀ではシン君が望むままに。と口にされればフェロモンを嗅がされた虫と同じ。

 最強の雄が何故……世界征服を目指さなかったのか?

 そんな器量と才覚が無かったから?勿論正解です。

 全てを更地にした後、明日からどうしよう?と困り顔が浮かぶのは歴史家も素人も同じ。

 それくらい頭がたりない。

 だからこそ彼を運用する方法は圧倒的な不利局面で、盤面そのモノを破壊する時限定である。

 そんな事、麒麟児が生きている間一度しか無かったのは言うまでもない。

「あれ?でも……よくよく考えたら俺は世間的にただのヒモって事じゃ?」

「シン君その悪癖は辞めてください!誰が何といおうと女神の愛人は立派な務めです。事実給金もたくさん出しますし、子供ができればその度にボーナスも出しますよ。だからその時はイビルディア帝国の名称を案内しますので……デート代は全額払ってくださいね。」

「セっちゃん!男の本懐を分かってくれたのか!……あれ?でも金のでどころ……」

「シン君が頑張って稼いだお金で女神わたしを喜ばす。そこには何の問題もありません。世間が何と言おうと関係ありません!その悪癖は本当に嫌いなので絶対直してください。」


 ただそれ以上に間違いなく言えることはセレナが、彼を暴走させなように徹底的な配慮と先回りをした事であろう。

 年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ?勿論それも正解……やっぱりいいえ、年上で有能な女房が鉄下駄を履いてまで、無能な夫と産まれてきた子供達の道を舗装しただけの話です。

 現人神サタン現人神サタンの関係は、女神セレナ男神シリウスの関係は年上が年下を可愛がり、年下が年上に懐いた……それだけで説明がつくという。

 単純にして明快、シンプルにして明瞭。

 ただ二人が異性だったが故に、子供をたくさん授かっただけである。

 それが出来たら苦労はしないに対して……人間ごときが神域を見るのが悪いと返させていただく。

 そうで無ければ死後も、産まれた時の名と同じ読みである神也しんやと二つ名で呼ばれる現人神サタンを縛る事はできなかったと断言できる故、他の雌ではどこかで管理者責任を問われる事を仕出かすのが目に見える故。

 愛する女神のお腹に耳をあて、幸せそうな顔を浮かべるのは絶対強者。

 産まれてくる子供を心から楽しみに、穏やかな日々を思う現人神の愛人にとって未来は希望に満ちたものであった。

 乱世に輝く一番星はまだその名前を拝領すらしていない!

 神也になる前の麒麟児をテーマにした物語はここで終わる。

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神前に麒麟 ふわポコ太郎 @yuusho

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