あなたは誰?

紫鳥コウ

あなたは誰?

 これは、僕が小学生の時に体験した出来事です。

 当時、僕が熱中していたのは野球でした。しかし友達とする野球ではありません。野球チームに所属していたわけでもありません。贔屓ひいきのプロ野球球団をメインにした架空の物語を作り上げていくのを楽しんでいたのです。

 ボールを投げるふりをして、打つふりをして、ルーズリーフにスコアをつけるというひとり遊びをしていました。友達がいないわけではなかったのですが、こうしてひとり遊んでいることの方が楽しいとまで感じているときもありました。


 ある日の夜のことです。

 僕が「球場」としていた居間にも、その隣の台所にも、家族が誰もいなかったその日、僕は絶賛ペナントレースを楽しんでいました。贔屓のチームは首位を独走していて、十数年ぶりのリーグ優勝も視野に入っていました。

 目の前の仏間の隅に正座をしているお婆さんも視野に入ってきました。不思議と声はでませんでした。

 一瞬で幽霊だと分かりました。家族にも親戚にも、こんなおばあさんはいません。そのお婆さんは、優しく微笑んで、こちらを見ているのです。

 しばらく目を合わせたままだったのですが、このままだと「ヤバい」という直感みたいなものを覚えたので、バッと首を横に向けました。

 それから何秒顔をそむけていたかは覚えていません。次に恐る恐る仏間の方へ目をやると、もうそこには、お婆さんはいませんでした。


 こうした恐い体験をしてしまうと、誰かとそれを共有して、恐怖をやわらげたくなるものです。

 僕はこの出来事を、さっそく祖母に話しました。きっとウソだと思ったのでしょう。笑い飛ばして取り合ってくれないのです。

 しかしふと思い出したように、こう言ってきました。

「もしかしたら、おじいさんの姉さんかもねえ」

 僕の祖父には「姉さん」がいたのですが、僕が一歳くらいのときに亡くなったので、なんの想い出もありません。顔さえ分かりません。

 もしかしたら写真で見せられたことがあったのかもしれませんが、興味がなかったのか、すっかりその姿を忘れ去っていました。

 なんだ。成長した僕を見て、優しく微笑んでくれていたのか。それならば、怖くない。霊感のようなものは持っていないけれど、こういうこともあるにはあるのだろう。

 ――と、すっかり納得してしまいました。


 折角だから、祖父の「姉さん」の写真を見てみたいと思いました。

 ねだってみると、祖母は、むかしのアルバムを持ってきてくれました。そして、この人だよと指をさして教えてくれました。

 仏間で僕に微笑みかけていたお婆さんは、そこにはいませんでした。全くかけ離れた顔をしているひとがいました。

 では一体、あのお婆さんは誰だったのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたは誰? 紫鳥コウ @Smilitary

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ