第3話 獣人
「――聞いてもいいか?」
俺は昨日からお世話になっている執事に話しかけた。
「はい? どうかなさいましいたかミゼル様」
俺は計画の第2ステップでいきなり詰まっていた。
3年で戦力を蓄えることは大事だが、最も大事なのは情報だ。
隣国の動きが分かっていればこちらが有利に立ち回れるし、もしかしたら戦い自体どうにかできるかもしれない。
そのための諜報員となる人材が欲しいんだが、公に探すとルートの監視に引っかかる。
諜報員を雇おうとするなんて普通に怪しいからな。
「奴隷を売っている場所はあるか?」
残念なことに、この世界には『奴隷制度』がある。
この国にももちろんあるが、誓約書が設けられていて最低限の生活の保障と、非暴力が約束されている。
王族が奴隷を買うことは稀にあるが、あまりよく思われないのは確かだ。
しかし背に腹は代えられない。
「奴隷……ですか?」
「ああ。金は十分あるし、俺独自の行動だからもちろん全責任は俺が負う。教えてくれないか?」
「……目的を教えていただけないでしょうか」
国のためだって言っても大雑把すぎるよな。
「まあ新しい使用人を雇おうと思って」
「城にいる者ではダメなのですか?」
「だってここ最近貴方としか話してないぜ? 俺みたいなのに取り繕う輩もいないしな。専用の使用人が欲しいんだ」
「も、申し訳ございません」
「いいよいいよ気を遣わなくて。ずっと遊び惚けていたわけだし。それで、教えてくれるのか?」
「……いいでしょう。一番信用できる所を教えます。できるだけ素性は隠して行ってください――」
周りに誰もいないことを確認し、執事は耳元で奴隷を売っている場所を教えてくれた。
俺は言われたことに細心の注意を払い、1人でその場所へ向かった――。
◇ ◇ ◇
「……ここか」
教えてもらった場所に向かった俺は、見るからに人が寄り付かないボロボロな建物を見つけた。
周囲に人の気配は感じない。
まさかトーカにこんな場所があったなんてな。
俺はフードで顔が隠れていることを確認し、建物に入った。
「――いらっしゃい」
建物に入るとそこには窓口だけしかなかった。
外見と全く違って小屋ほどのスペースしかなかった。
ここで受付をして奥に案内される流れだと思うが……。
「奴隷を買いたいんだが」
挨拶をしてきた窓口にいるお爺さんに早速用件を伝える。
「金はあるのか坊主」
まあ背格好を見て年齢が低いことはバレるよな。
「もちろんだ」
「……フンッ」
お爺さんは立ち上がり、窓口の横の扉を開けて俺を手で招いた。
「奴隷は奥の部屋で檻に入っている。ついてきな」
俺はお爺さんに言われるがまま、その扉の先に進んで後ろをついていった。
「――どんな奴隷を買いに?」
お爺さんが薄暗い廊下を歩きながら聞いてきた。
「……動ける者が欲しい。戦争を経験した者が特に」
「なんだ。用心棒でもつけるのか?」
「……まあそういう感じだ」
「詳しくは聞かない方がよさそうだ。とにかく戦争経験ができる動ける奴だな。ちょうど1週間前に入ってきた上物がいるぞ」
廊下を歩いていると、両壁が檻に変わった。
中にはうつろの目をした者やずっとブツブツ喋っている者などがいた。
その様子を見ていた俺にお爺さんはこう言ってきた。
「ここには犯罪を犯してきた者やそれこそ戦争なんかで捕虜になった者がいる。そういう奴らは表では生きていけないから奴隷になるしか道がなくなっちまう。これがこの世の心理だ。割り切るんだな」
「ッ……!」
残酷だと思う半分、この国や俺も同じ末路を辿るのではないかという不安が頭をよぎった。
「――着いたぞ。コイツらだ」
廊下の端の檻でお爺さんは足を止めた。
「……この人たちは?」
檻の中を覗くと、鎖に繋がれた4人の女性がいた。
全員が一箇所に固まり、反抗的な目つきでこちらを睨んできた。
だが俺は目線を少し上にずらした。
「耳が……」
「獣人ってやつさ」
頭の上に猫耳のようなものが付いているのが3人。犬のような垂れている耳が付いているのが1人。
4人全員が獣人と呼ばれる、人間と獣のハーフであった。
獣人は身体能力が高く、戦闘では優れた聴覚や嗅覚も重宝されると聞いたことがある。
「なぜ奴隷になったんだ?」
「獣人は兵士として雇われることが多い。だがこいつらは裏で動く暗殺者集団だったのさ。あまりの強さに自分の上司に騙されてここまで落ちて来たのさ」
そう言われて4人の体を注視してみる。
確かに傷跡や治療のためのガーゼなどがたくさん見えた。
「暗殺者集団が手に負えない強さだ。用心棒にしては有り余るほどの上者だろ? どうだ?」
暗殺者集団か……。
裏で動く諜報員としてはこれ以上ない人材なのだが。
「……彼女たちと話しても?」
「ああ。だが顔を近づけすぎると危ないぞ?」
「構わない。檻の中に入れてくれ」
「あ? それはできないな。ここで死人を出すのは御免だ」
「俺が死んだらそこら辺で燃やせばいい」
「この距離でも十分に話せるだろうっ」
お爺さんが少し取り乱した。
中の4人もより一層目力が強くなった気がする。
だが信用を得なければ俺は明日には殺されるかもしれないからな。
「君たち。俺が買ったらどうする?」
「殺す」
真ん中のリーダーのような雰囲気がある獣人が即答した。
「お前ら! そんなことをしたら死刑だぞ!」
お爺さんがその獣人を叱った。
奴隷が主人に逆らうのは大罪だからだ。
「……ね? だからしっかり話し合わないと」
俺はお爺さんに鍵を渡すよう手を差し出した。
「ぐっ……! 分かった。だがもし命の危険を感じたら檻から引っ張り出すからな!」
お爺さんはコイツらとは付き合いきれないと察したのか、叩きつけるように鍵を差し出した。
俺は受け取った鍵で檻の扉を開けて中へ慎重に入った。
4人は俺の動きをずっと目で追っている。
鎖がなければすぐにでも襲いかかってきそうだ。
「そう警戒するな」
俺はサッと近づいて腰を落とした。
「は?」
4人は威嚇を無視して互いの手が届く距離まであっさりと近づいた俺に目を点にした。
「約束しよう。君たちを買ったらすぐに奴隷としてではなく対等に扱う。裏切ることもしないと誓おう。口では信用してもらえないかもしれないが」
「信用すると思うか?」
リーダーのように見えた獣人が答えた。
よく見ると水色の髪色でショートカット。キリっとした目つきが特徴的だった。
「まあしないよな。じゃあ1カ月間俺と勝負をしよう」
「勝負だと……?」
「1ヶ月の間、お前たち4人には俺専用の使用人となってもらう。表向きはな」
「それが何の勝負になるというんだ」
「その1カ月間、俺が君たちを裏切ったり見下すようなことを感じたら殺していい」
「何……?」
「言葉が難しいな……。まあ気に入らなかったらいつでも殺していいよ。だけど1カ月後俺が生存していたら、改めて俺の仲間になってほしい」
「……仲間? 何を企んでいる?」
「それはそのうち教える。どうだ? 勝負に乗ってみないか?」
俺は右手を差し伸べ、握手を望んだ。
……が、俺の腕を青髪の獣人が爪を立てて掴んできた。
爪が肉に食い込み、血が流れだす。
「おい坊主……!」
慌てるお爺さんにもう片方の手で大丈夫だと伝える。
「君たちがどんな生活を送ってきたなんて俺には分からない。教えろなんて言わない。忘れろなんて言わない。だがもう一度だけ信じてほしい。俺たち人間を。この俺を」
青髪の獣人はしばらく俺の目を見つめていたが、やがて手を離して爪を引っ込めた。
腕から血が滴り落ちるが、彼女の視線には鋭さが残っている。
「……いいだろう。勝負を受けてやる。その代わり約束を守らなければ、私たちはためらいなくお前を殺す。いいな?」
俺は静かに頷いた。
彼女の言葉には決意がこもっていた。
俺の命を本当に狙っているのだろう。
しかし、それでも俺は引き下がるわけにはいかない。
「分かっているさ」
俺はゆっくりと立ち上がり、獣人たちに背を向けることなく檻から出た。
「誓約書を書く。受付に行こう」
その言葉を聞いたお爺さんは何も言わず、ただ頷いた。
「じゃあ今から君たちの新しい生活を始めよう。俺が何を考えているかは、これから少しずつ教えるさ」
俺は腕の傷を気にすることなく受付に戻っていった――。
クソゲー転生記:滅国回避への道 ダブルミックス(doublemix) @doublemix
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