29.苦手意識を与えないように

 遊んだらお勉強、言い聞かせたレオンは素直に頷いた。このお屋敷はとにかく部屋が余っている。使わない部屋がたくさんあるので、目的別に利用することにした。


 当初は掃除が大変だからと遠慮したのだが、ベルントの説明では使わない部屋も毎日掃除するらしい。使用人の数を考えれば、納得できた。全員に仕事を回さないといけないものね。ついでに働き方改革も提案する。今までは一ヶ月に一回のお休みだったが、週に一回に変更した。


 この辺は女主人の権限で可能なはずよ。人事権もあるんだもの。加えて、お休みの日に少額のお小遣いを与える。給料はきちんと支払われているから、街でお菓子を買える程度の金額だけ。人気取りではなく、きっちり休んでもらうためのお金なの。


 この世界で侍女や侍従になる人は、貴族家の嫡子以外と決まっている。男爵家や子爵家は数も多いし、準貴族の騎士爵もあるから人材は豊富だった。この人達は働く家に住み込みで入り、滅多に実家に帰らない。


 お休みの日も時間を持て余して、屋敷の片隅でぼうっとしているのよ。給料を実家に仕送りする子も多くて、自由になるお金がないのね。お菓子が買えるくらいのお小遣いを貰えば、街で気分転換ができるわ。


 お屋敷はレオンと私がこれから長く暮らすし、家族も呼び寄せた。少しでも居心地のいい場所にしたいの。


 絨毯のお部屋と名付けた居間の近くに、勉強部屋を用意した。机を並べ、本棚にびっしりと本を用意する。もちろん絵本もあるわ。


「ほん、のおへや?」


「そうよ、ここでお勉強するの」


 レオンを下ろすと、てちてちと歩いて低い棚の前に座った。レオンが自分で選べるよう、低い位置は絵本を並べてある。細長い絨毯の上で、レオンは一冊を引っ張り出した。


「これ!」


「読むのは、後のご褒美よ。先にお絵描きをしましょう」


 こてりと首を傾げて、手に掴んだ絵本と私を交互に見つめる。今度は反対側に首を傾げた。まだ理解できないのね。難しかったかしら。


「おいで、レオン」


 両手を広げて屈むと、大喜びで走ってきた。絵本を離さないので、危なっかしい。ふらふら揺れながら腕に飛び込んだ。抱き上げて頬にキスをし、用意された椅子に下ろす。


 エルヴィン、双子、レオン。机と椅子の高さはそれぞれ違う。でも机を並べて勉強するなら、同じ高さが良かった。ベルントに話すと、すぐにフランクと二人で手配してくれる。机の高さを揃えて、床の方を持ち上げたの。


 木製のひな壇を作り、机を並べた。レオンは三段高くて、双子は一段、エルヴィンはそのまま。これで机はぴったり並んだ。


 エルヴィンは用意された計算式に取り掛かり、隣で双子も文字の練習を始めた。でもレオンのお勉強は、もっと簡単なことから始める。勉強というより、遊びに近かった。それでも勉強という単語を使い、将来に備える。


 苦手意識を与えないように、遊びの中に勉強を組み込むの。机の前に座って、何かをする楽しさを覚えてほしかった。


「お絵描きのお勉強をしましょう」


「どぉして?」


 あら、いい質問だわ。笑顔で絵本を開いた。英雄の絵を指差して説明する。


「もしお勉強しなかったら、お母様だって読めないわ。レオンの好きな英雄のお話も、お姫様を助けるお話も、全部お勉強して覚えたのよ」


 一度にすべて理解しなくても、毎回丁寧に説明することが大切だ。私はそう思う。子供だという理由で、説明を省くのは愚かだった。大人が思うより、子供って理解しているのよ。


「頑張れそう?」


「うん」


 頷くレオンと一緒に、白い紙に立ち向かう。手にしたのは赤いクレヨンだ。ぎゅっと握ったクレヨンで、レオンは何かを描き始めた。








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